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なんだろう、たったそれだけの事なのに鼻の奥がツンとする。
視界が簡単に歪んで、忠義くんがちゃんと見えない。
「…俺こそごめん」
「…ううん」
「…ちゃんと話しよ？」
「…うん」
そのまま引き寄せられて、よう泣くなぁと小さく笑う声が上から聞こえた。
最近めっきり涙腺が緩くなっている。
本当にいつの間にこんなに泣き虫になっちゃったのかな。
結局ただ忠義くんに甘えて、泣くしか出来ない情けない自分にも、もう嫌気がさしていた。
多分忠義くんと離れたら一生後悔する。
わかってる。
だけど、ここを離れたら楽になるかもしれない、ふと浮かんだ気持ちはなかなか消えてくれなくて。
私の中で気持ちはもうほとんど決まっていた。
忠義くんは、大事な事やからと忙しい合間を縫って時間を作ってくれた。
「A、おいで」
ソファに座る忠義くんが私を呼ぶ。
いつものように柔らかい声に、少しホッとして。
最初は何処を見て良いかさえわからなかった大きな部屋。ちょっと落ち着かなくて三角座りして、料理を作ってる忠義くんをちらちら眺めてたっけ。
そんな事を思い出しながら、いつの間にかすっかり居心地の良くなったソファに腰掛ける。
見上げた忠義くんの顔。
当たり前のように繋がれた手。
「…Aはどうしたいん？」
その瞳が、優しく私の瞳を覗き込んだ。
私はまたそれだけで泣きそうになってしまうけど。
今日はせめて泣かないでちゃんと気持ちを伝えないといけない気がする。
「A？」
「…一回、地元に帰ろうと思ってる」
「戻ってくるんやろ？」
「……わかんない」
優しいままのその目が一瞬揺れて、繋いだ手に力が入ったのがわかった。
「俺は戻って来てほしい。Aがどうしてもって言うなら、一旦休むために地元に帰るんは我慢する。けど…向こうで店を開くのは……Aに我慢して欲しい」
その口から真っ直ぐに伝えられる言葉。
きっと忠義くんも凄く考えて、折り合いをつけて答えを選んでくれたんだと思うと、やっぱり少し気持ちは揺れてしまうけど。
「店の事は…まだ決めてない」
「ほな帰って来るでええやん」
「今はまだそれも…決められない」
そんな気持ちを踏みにじって、自分勝手な事を言ってるのは紛れもなく私で。
その上、何の約束も出来ないくせに、忠義くんを縛る事は出来ない。
だから私が選べる答えは１つだ。
忠義くんと、別々に…私は私の道を歩いていく。
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作者名：咲菜 | 作成日時：2022年7月3日 18時
