09. ページ9
なんとか気持ちを落ち着けようと、片付けを始めるものの、チラチラと視界に入る忠義くんのせいでそれも叶わない。
「ご馳走様」
「…はい、お粗末様でした」
「ありがとう。時間外にごめんな」
美味しかったと綺麗にそれを平らげて、やっぱり笑う忠義くん。
落ち着かない気持ちで笑い返してみても、自分でもそれが引き攣っているのがわかる。
忠義くんは一瞬動きを止めて吹き出した。
「なんで引き攣ってんの？もうわざとやろ？」
「……忠義くんのせいです」
「なんでやねん！」
今度は大きな口を開けて笑い出す。
さっきまでとは違う、豪快な笑い声。
その姿を見ているとつられて笑ってしまって、ざわついていた気持ちが消えていく。
なんなら今日の疲れも吹き飛ばしてくれる気さえする。
「んふっ、ほなそろそろ帰ろうかな。ぶふっ」
「そうして下さい。ていうかいつまで笑ってるんですか？」
「ごめんごめん。いくら？」
散々笑って満足したのか忠義くんが席を立つ。
言葉ではそう言ってるけどきっと謝るつもりなんてないんだろう。
未だに肩を揺らしている。
「笑わせてもらったし、お礼も頂いちゃったし。お礼にお代はいりません」
「笑わしてくれたんAちゃんやけどな。それにそんなんしたら意味なくなるやん」
「次から多目に貰いますので」
「それはアカンやろ」
忠義くんは最後まで笑いながら、ほなその分また来るわ〜って帰って行った。
それを見送ってから、残りの片付けを終わらせた。
ふと目に止まったカウンターの紙袋。
みかちゃんもゆみちゃんもちゃんと持って帰ってくれたらしい。
残りの１つを取り出して、クルクルと蓋を開けると、仄かに甘い良い香りが鼻を掠めた。
水仕事も多いし荒れやすい手にたっぷりとそのクリームを塗り込む。
広がる甘い香りに、仕事中はつけられないかなと思いながら。
浮かんだ忠義くんの笑い顔に勝手に頬が緩んだ。
忠義くんは宣言通りそれからも時々お店に来てくれて、閉店近くに個室を出てお連れ様を見送った後、もう一杯だけ飲ませてとカウンターに座り、その間だけ私たちは他愛もない話しをするようになった。
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作者名：咲菜 | 作成日時：2022年4月3日 21時
