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「…そんな警戒せんといてよ」
それなのに、目を伏せた私に聞こえてきた忠義くんの声がさっきと違って不安そうだから、思わず顔を上げる。
やっと目合った、って忠義くんが笑った。
もしかしてあの声は何かの作戦だったのかもしれない。
「…Aちゃん、これから忙しいやろ？」
「…うん。12月1月はかき入れどきだからね。営業時間も延長して儲けちゃおっかな」
「儲けるんはええけど、身体気つけてな」
「繁忙期につきバイトも増えるし、みかちゃん調理場入ってもらうから、大丈夫だよ」
小さく笑ってみせると、忠義くんも優しく微笑んだ。
みかちゃんとゆみちゃんが言っていたような優しい顔。
そんな顔されたら、勘違いしちゃうのに。
「俺もちょっと忙しくなんねん。せやからこれから生存確認は電話でする」
「…まだ続いてたの？」
「Aちゃんも俺の生存確認して？」
「……それは私じゃなくて、彼女にしてもらってよ」
だから、勘違いしちゃうから、本当に止めて欲しい。
こういう時本当にからっからだなって自覚する。
その優しい顔と、小さなお願いを適当にあしらえない自分が情けなくなってくる。
「Aちゃんにしてもらいたいねん」
呟いた忠義くんの手が伸びてきて、不意に包まれた手。
「…してくれるやろ？」
指を絡めて、忠義くんが私の顔を覗き込む。
「…約束やで？」
念を推すように言われるけど、情けない私は、うんともいやとも言えないまま。
絡み合った手が引っ張られて、忠義くんの柔らかな口がその手に優しく押し当てられた。
手の甲から一気に広がる熱に、私はようやく口を開いた。
「…忠義くん、ズルい」
「うん、わかってる。ごめん」
わざわざ自分からその泥舟に飛び込みたくなんてないのに。
忠義くんの大きな手が今度は私を引き寄せて、その腕に抱き締められた。
でも待ってる、耳元で響くその声に、拒否なんて出来るはずがなかった。
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作者名：咲菜 | 作成日時：2022年4月3日 21時
