37.(side T.O) ページ37
「…まぁ昔は結構モテたんですよ。だから若い頃はいろいろ遊びましたけど。本気になった所で、ねえ？」
いつきさんはかなえには内緒ですと笑顔を浮かべた。
「大倉さんは？彼女とうまくいってるんですか？お仕事柄、いろいろ大変でしょ？」
「…仕事柄言うか……」
「それこそ、他に好きな人出来た…ですかね？」
「…そう、ですね」
「俺の知ってる人、ですか？」
何かを察したようにいつきさんの目が一瞬鋭くなる。
しょーもない探り合い。
わかってはいるけど、俺を見つめるその目を逸らす事なく頷いた。
いつきさんはふっと溜息を吐き出した。
「大倉さんはなんか嫌な予感がしたんだよなぁ」
急に口調が緩くなって、椅子の背もたれに寄りかかりながらズルズルと身体を滑らして、天井を見上げる。
「きっと時間の問題なんでしょ？」
「…どうやろ。大好きなお兄ちゃんおるみたいやし」
「お兄ちゃんねぇ…ブラコンなんだ？」
「…本人は違うって言うてましたけど」
「ははっ、ずっとブラコンでいれば良いのに」
「それはアカンでしょ」
乾いた笑い声を上げて、座り直したいつきさん。
腕時計をチラッと見てから、そろそろ行きましょうかと伝票に手を伸ばした。
「…払います」
「誘ったの俺ですから。経費で落ちるし気にしないでください」
会計を済ましたいつきさんにお礼を言うて、店を出る。
「突然誘ってしまってすみません」
「いえ。ご馳走さまです。ええお店教えてもらいました」
いつきさんは小さく頭を下げた後、俺を見て、ゆっくりとわざとらしくニコニコ笑いながら。
「ちなみに、可愛いブラコンの子の件だけど」
「…え？」
「お兄ちゃんも相当シスコンだからね。泣かせたら抹殺されちゃうよ？」
「…こっわ」
「気をつけてね」
そう言ってヒラヒラと手を振って、クルリと振り返ってさっさと帰って行ってしまった。
俺にはいつきさんの気持ちはこれっぽっちもわからんけど、政略結婚を受け入れて奥さんを選んだんはいつきさんで。
自分かてAちゃんを泣かせてるの気づいてないとは言わせへん。
とは思っても、このままやったら俺もやってる事たいして変わらんから。
気が進まんとか言うてる場合ちゃう。
これ以上Aちゃんが後悔せんように。
困ったような泣きそうな、あんな顔はもうさせへん──。
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作者名：咲菜 | 作成日時：2022年4月3日 21時
