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私の声にその人がゆっくりと顔を上げる。
彼はじっと私の顔を見て、無反応。
たった数秒だけど、無反応な彼にだんだんと顔の筋肉が引きつっていく。
「…ぷっ」
ふっと視線を外したのは彼の方だった。
漏れ出た声が微かに耳に届く。
マスクしてるしよくわからないけど。今、絶対に笑った。
しかも微笑み返すとかではなく、ぷっ、って。小バカにしたように。
だけど一応お客様。
笑顔を崩すわけにはいかない。
「…顔、引きつってるけど」
なのに、今度は小バカにしたように呟いて、信ちゃんまってぇとか言いながら個室に消えて行った。
…なんか失礼な人。
しばらくして戻ってきたみかちゃんが注文を読み上げて、ジョッキビールを作り始める。
「もう1人は大倉忠義でしたぁ」
「あぁ、あの失礼な感じの人？」
「失礼でした？注文取る時凄く優しかったですよ？」
「……みかちゃん可愛いからじゃない？」
「……違うと思いますけど」
別にいいけどね。
みかちゃん大学生だし、若くて可愛いし。
私みたいなおばちゃんなんて、ぷっ、って小バカにされて終わりですよ。
……やっぱり失礼な人だ。
マスクとハットで顔はよくわからなかったけど。
みかちゃんのおかげでちゃんと名前は覚えた。
たいしてテレビなんて見ないけど、大倉忠義、テレビで見ても絶対チャンネル変えてやろうと思う。
閉店時間の22時。
最後のお客さんを見送ると、ちょうど個室から出て来たいつきさんと村上さんと、大倉忠義。
「A、ご馳走さま」
「いつきさん、今日もありがとうございます」
「今日はありがとうなぁ」
「こちらこそいつもありがとうございます。またお願いします」
2人と挨拶を交わしていると大倉忠義と目が合った。
マスクしてないしもハットも被ってないから、ちゃんと見るその顔。
さすが有名人だけあって、当たり前のようにカッコ良い。
なんか負けた気分。
いや別に勝ち負けではないけど、すごい敗北感が勝手に押し寄せる。
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作者名：咲菜 | 作成日時：2022年4月3日 21時
