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いつかお店を出したくて駆け抜けた20代。
大学の先輩のいつきさんも随分親身になってくれた。
いつきさんの家は結構手広く仕事を展開していて、その不動産部門を任されていたから。
相談したらちょうど良い物件を探してくれた。
しかも格安で借りれるように交渉してくれて。
そんなに広くないお店だけどその夢が叶ったのは30歳の時だった。
店の電話が鳴った19時。
電話を切ったバイトのみかちゃんがカウンター越しに私を呼ぶ。
「Aさーん」
「んー？」
「村上さん、若と他一名で20時に個室ご予約でーす」
「みかちゃん、いつきさんの事すっかり若呼ばわり」
みかちゃんの言葉に笑いながらりょーかい、と返した。
「村上さんのせいですよ。でっかい声で若、若、って言われたら耳につきますって」
「確かに」
村上さんに初めて会ったのはまだお店を開く前で、当時働いていたダイニングバーだった。
随分とカッコいい人だと思った半面、その顔から発せられるコテコテの関西弁が面白くて笑いそうになってしまったのを覚えている。
その店でいつきさんと意気投合して、すっかり飲み友達になった2人。
私が店を開いてからも2人で時々顔を出してくれるようになった。
「Aさん、いつきさん達ご来店です」
「はーい」
もう1人のバイトゆみちゃんの言葉に顔を上げると、カウンターを覗き込む、村上さん。
「急に悪かったな」
「いえ、いらっしゃいませ」
村上さんが個室を利用するのは珍しい。
そもそもいつきさんと一緒に来る事が多いし、普通にテーブルに座って、普通に飲んで食べて帰るから。
きっともう1人来ると行っていたのも、有名人なんだろう。
村上さんはニッと笑ってみかちゃんと共に個室に向かい、その横でいつきさんが軽く手を上げた。
そして、もう1人。
彼は私がちょうどカウンターに置いたカルパッチョを見て、のそりと近づいて来る。
「…わ、うまそ」
黒のハットを目深に被った背の高いその人は、ボソリと呟いた。
それは独り言なのか、私に言っているのかわからなくて、反応に困ってしまうものの、
「いらっしゃいませ」と微笑んでみた。
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作者名：咲菜 | 作成日時：2022年4月3日 21時
