56匹 ページ10
「高村さん、如何したんですか?」
背後から声を掛けられて俺は振り返る。
そこにいたのは全身モノクロでネクタイピンと瞳にだけ色が宿った男。
えっとこの白髪は中島敦だったか。
確か覚えさせられた資料には新入社員と書かれていた気がする。
この髪、地毛なのか染めたのかすげー気になるけど、じっと見つめて居たら怪しまれるから俺は目をそらして、手元のファイルに視線を落とす。
「このファイル達、おそらくこの棚から取り出された物だと思うので戻したいのですが、何順に並んでいるのか判らなくて」
そう答えれば中島敦は俺の持っているファイルを覗き込むと「僕が戻しますよ」と云って、抱えていたファイルをさりげなく取り上げた。
「多分これ、太宰さんが必要だからって云って持ってきたまま戻さなかったんだとおもいます。
あ、これ今朝谷崎さんが探してたファイルだ。
こっちは先週国木田さんが探してた・・・・・・」
ちらりと国木田独歩をみて溜息を吐く。
太宰治が戻ってきたら落ちるであろう雷と受けるであろうとばっちりを想像したんだろう。
「では、私がお2人にお渡ししてきます」
「いえ、そんな。
僕がやりますよ、何時もの事ですから」
「大丈夫です、太宰さんの分の仕事を任されたのは私ですから。
ファイルを戻すのを手伝っていただいてますのに、これ以上ご迷惑をお掛けするわけにはいきません」
それに男より女の方がきつく叱られにくいし、俺に怒ったところで何かが解決するはずもなく、只々時間が無駄に過ぎていくだけだということぐらい奴もわかっているだろうしな。
それでも、と食い下がる中島敦に、中島さんもご自身の仕事がおありでしょう、と云えば困ったように微笑まれた。
「有難うございます。じゃあ、おねがいします」
言葉と共に渡されたファイルを持って俺はまず谷崎潤一郎の机へと向かう。
こっちの優しそうな人から処理したい。
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作者名:笹山花音 | 作者ホームページ:
作成日時:2019年3月25日 10時