63匹 ページ17
俺はペンを置いて後ろを振り返る。
「なんだ、気付いてたの」
後ろから立ったまま覗き込んでいた乱歩は棒付飴を咥えたまま詰まらなさそうに呟いた。
「そりゃ誰だって上から覗き込まれたら気づくだろ」
俺はそう答えながら、座卓に広げていた日記を閉じて、そのまま後ろに倒れる。乱歩は俺に当たらぬようヒョイと避け、日記を手に取った。
そして口の中で飴をもごもごと動かして味わいながら、何も書かれていないまっさらな頁をめくっていく。
あの日記は昨日買ってきて今日書き始めたばかりの新品だ。書かれているのは、先刻書いたあの頁だけ。そんなのを見て何が楽しいんだか。
「よくもまあ。こんなこっぱずかしいこと書けたね。どうせ後で悶えるのに」
「日記なんてそんなもんだろ。小学生の夏休みの日記なんざ大半は捏造されてんだ、それに比べりゃなんとまあ素直なことか。日記としちゃ百点満点だ。
それにこんなん後で見直すもんでもねぇし、何書いたって
俺がそう云うと、乱歩は興味を無くしたようにふうんと呟いて日記を置いた。
「それより美麗、5分後に出かけるよ」
「ん、行ってら」
寝転がったまま腕を振れば乱歩は眉を顰めて口から飴を取り出す。
「違う。君も来るんだよ。というか君に必要なものを買いに行くの」
「必要なもの?」
「そ。此処でひと月暮らして、足りない物とかあったでしょ?
あと衣住食の住食はあるけど衣がないじゃん、君」
俺は頭の中で乱歩の言葉を反芻する。
衣食住の衣がない?何云ってんだ此奴は。
俺の顔の横にしゃがみこんできた乱歩に俺は首を傾けて服の胸元を摘まみ上げた。
「服ならあんじゃん、これがよ」
「普段の仕事の時にそれ着てるのはいいけどさ、休日くらい違う服着ようよ。
今はまだないけどいずれ社の誰かから、非番の日に一緒に出掛けないかっていう誘いが来るよ。その時にみんな私服の中、君だけ学校の制服っていうのはちょっと違うんじゃない?」
「だけどよ、俺が持ってる服はこれと福沢さんがくれた寝間着とかくらいだぜ?」
「だから、それを買いに行くの、今から。
年頃の女の子どうこう以前に、一人の人間として服がそれだけってありえない」
なんだ此奴、ぼろくそ言いやがる。
しゃあねぇじゃん、こっちに来た時に神とやらが箪笥も一緒に送ってくれなかったんだからよ。
内心で不満を漏らしながらも、乱歩が立ち上がってさっさと部屋を出て行ってしまったから、俺も仕方なく立ち上がった。
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作者名:笹山花音 | 作者ホームページ:
作成日時:2019年3月25日 10時