分かってるから[江戸川乱歩] ページ1
いつも笑顔の彼女が、大好きだ。
彼女が笑うと、ぱっとその場の雰囲気が明るくなる。場が和む。暖かくなる。
そんな彼女は、云わずもがな社内の人気者だった。
「ねぇAー」
「はいはい乱歩さん、どうしました?」
「そっちの棚にお菓子あるから取って来て」
「はいはーい」
間延びした様な返事をして歩いて行くAの背中を眺める。
僕はAが大好きだ。
大好きで大好きで、彼女の事なら何でも知っておきたくて、僕のことしか見て欲しくなくて、ずっとずっと傍に居たくて、僕の掌の中に閉じ込めてしまいたいくらい、大好きだ。
大好き、なのに。
Aは、誰にでも笑顔を振りまく。
誰にでも優しくする。
僕だけじゃない。僕のものにはならない。絶対に、絶対に僕だけのAになってはくれないんだ。
そんなこと、分かってる。
「はい乱歩さん、ポテトチップスですよー」
「はい、お礼の飴ちゃんあげる。ポテチ、Aが食べさせてね!」
あー、と口を開けば、しょうがないなぁ、と云いつつも食べさせて呉れるA。
彼女も僕があげた飴玉を口の中で転がす。
口に入って来たポテトチップスを咀嚼し乍らAに話しかけた。
「ねぇA、僕のことどう思う?」
完全に気のある質問なのに、彼女は気づかない。
「何でもかんでもお見通しで、とても凄い名探偵さん、ですかね?」
「ふぅん」
ほら、矢っ張りAの中に僕は居ないんだ。
僕は、こんなにも君の所為で狂ってるっていうのに。
何でもお見通しなんかじゃない、君の事だけは解らないんだ。
彼女の事だけは、霧がかかった様に何も解らない。
何を考えているのか、何を思って僕の質問に答えたのか、或いは質問の真意に気付いているのか＿。
解らない。
だから、というのもあるのかも知れない。
全て予想通り想像通りの此の世界で、Aだけはいつも僕の予想も想像も裏切った。
そんな彼女に、強い興味をそそられた。
Aを見ている内に、その笑顔、その優しさ、その温かさを知って。
それはいつしか、歪な恋心へと変わっていた。
「乱歩さん、もう食べないんです?」
「んー、もう良いや。それよりA、一寸僕と遊戯しよう」
「遊戯、ですか」
きょとん、とした顔の彼女に、言葉を繋げる。
「そう。これから僕が云う事が嘘か本当か見抜くんだ。僕ら以外社内に居ないんだから、一寸位遊んだって大丈夫だよ」
「えぇ…乱歩さん相手に敵いっこありませんよ」
「いいじゃん別に。じゃあいくよ」
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作者名：瀬麦 | 作成日時：2022年1月9日 3時
