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「改めまして、秦王嬴政の妹で軍を率いております。気軽にAとお呼びください」
にこりと人当たりが良さそうな笑顔を浮かべたAは拱手の形を崩さずに言い放った。
「おっ、おめー弟だけじゃなく妹までいたのか...。ん?軍!?お前大将軍なのか!?」
「いえ、わたしはまだ将軍の位に収まっております。あまり目立つのも良くないと兄が」
己よりも年下に見える少女が剣を持ち戦場を駆けるなど信は想像もつかなかった。上背もなく、白く滑らかな腕が剣を振るうなどあってはならないことだと学のない信でさえ思うほどである。
「わたしは将軍ではありますが、普段は兄の側に控えております。大王の護衛も兼任しております故」
「そういうことだ。俺の剣はお前だが、俺の懐刀はAなのだから会わせておくのも良いと思ったのでな」
「な、なんかいろいろ着いていけないんだけど...」
河了貂がそう言うのも無理はなかった。将軍にも関わらず護衛という矛盾、そして王女が将軍と護衛を兼任していることも頭を悩ませる種であっただろう。
「まあわたしの出自などはそうお気になさらず。信殿、河了貂殿。どうぞよろしくお願い致しまする」
あくまで優雅さを崩さない態度で表情だけが悪戯に弧を描いている。信も河了貂も目の前のなんとも言えぬ不思議な空気を纏った少女を自然と受け入れていた。
「まあ...なんだ、俺のことは信って呼べよ。殿ってつけられるのもなんか気恥ずかしいぜ」
「オレは貂でいいぞ!よろしくな、A」
Aはその声にはい、と静かに応えた。その様子を見守っていた嬴政も穏やかに笑みを浮かべている。Aを見つめるその視線は少しの熱を孕んだ春の陽気のようであった。
「用はそれだけだ。信、貂、帰っていいぞ」
本当にただの紹介だけかよ!と文句を垂れる信を仕方なさ気に河了貂が手を引き戸口へと向かう。
二人の足音が聞こえなくなったところで嬴政はAに向き合った。
「顔を合わせるのも久方振りだな。......山の王が気にしていたぞ」
「端和様にはお目見えできなかったから。心配をかけているのはわかっているけれど」
Aは石垣に肘をつき憂いをたたえた顔で目を伏せる。暫く見ないその背中を思い出すように思案しているようだった。
嬴政はそんなAに寄り添い、肩を抱いた。じんわりと温かいその手にAは嬴政の愛情を感じていた。
「何にせよここからだね」
「ああ」
緩い風が二人の頰を撫でていき二人の髪を攫っていった。
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作者名:そると | 作成日時:2020年8月14日 0時