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だんだんと冷たくなっていく身体を抱えて我武者羅に馬を走らせていた。風が行く手を阻むように吹いている。

死んではならぬ、と叫びひたすらに馬を駆け里へ向かう。父も母もいないわたしが縋れるのは敬愛する祖母しかいなかった。祖母ならばきっと助けてくれるだろうと希望を込めて手綱を握ると、馬たちの疲労が手綱から伝わってくるように震えた。

目指すは鬼が住む里。わたしの故郷である里。

腕の中の命はもうすぐその時を迎えようとしている。まだ何も成し遂げてはいない、お前は死ぬなと呼びかけるも反応を示すのは口元の微笑だけだった。
己の熱を分け与えるようにその身を抱え直し駆けていく。
人は少し怪我をしただけで死んでしまう。それが身内となるとひどく恐ろしく感じた。今まで何人の首を刈り取ってきたにも関わらず、今になって命の重さを身に染みて感じていた。

額を滑り落ちた汗が目に滲みた頃、入り口である岩の門が見えてきていた。

「来たか」

威厳のあるその声は緋色の豪奢な衣装を纏い、美貌を称えた御年114であるはずの祖母の声であった。その変わらず霞まない美しさは鬼の証でもあった。

「鈴鹿様!御目通り感謝致します。このように無礼な振る舞いをお許しください。不躾にもお願いが、」
「わかっている。置いていけ」

全てを語らずとも祖母はわかっていた。
わたしが手に抱える命を助けてほしいこと、その命を里で保証してほしいこと。
この命はもう人間の世界では生きられないということ。

「......申し訳ありません、厄介事を持ち込むなど」
「構わん。お前は里の次期鈴鹿なのだからな。......手駒はあるだけいい」
「......そのような」

しゃなりと近づき装飾が音を立てる。馬に跨ったままの膝に手をつき祖母はゆるりと撫でた。
土砂に塗れひどい様子ではあったが、一線の傷も見当たらない。その膝は鬼の一族であること、祖母の直系の血族であることを意味している。

「お前は鬼に捕われている。どこへ行こうとも戻ってくるのは里だということをゆめゆめ忘れるな」
「存じております。......今は成し遂げねばならぬことが。勝手を...お許しください」

祖母はにたりと口角を上げ、わたしの頬を撫ぜた。
暫し見つめ合い、腕の中の命を祖母に託して二頭の馬を走らせた。

秦国と趙国の間にある里を人は鬼が住む里と呼んだ。ひっそりと人から身を隠し、文明を築き上げ国と呼べるほどの勢力である。
その里を治める主の名を緋姫といった。
我が祖母の名である。

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作者名:そると | 作成日時:2020年8月14日 0時

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