『松村さん』 ページ24
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結婚式はしないと決めて、とりあえず籍だけでも入れようか、と急いで籍をいれた。
『今日から松村さんだ』
『なんか変な感じ』
婚姻届を出したあと、2人でそう笑い合う。
無駄に北斗が『松村Aさん』って連呼したり、紙に書いてみたりして。まるで中学生や高校生みたいなはしゃぎ方をしていた。
職場でも松村さんって呼ばれるようになって、それがなんだかくすぐったかったことを思い出す。
北斗が自ら命を絶つ決断をして、それを実行したあの日。
私は仕事をしながら、その合間合間に北斗から貰った指輪を眺めては頬を緩ませていた。
家に帰ったら北斗のまたよく分からない話を聞いて、それに文句を言いながら笑う。
そんな毎日が当たり前で、そんな毎日がずっと続くと思っていた。
・・・でもそんな生活は1か月で幕を閉じる。
新婚生活呼べるほど北斗と一緒にいなかった。
思い出を語れるほどどこかへ出向くことなんてなかった。
私がちゃんと思い出せるのは、小難しい本に目を輝かせる北斗の横顔だけ。
北斗が病院に運ばれたと連絡が来たのは仕事が終わった17時46分。
電車の時間を調べようと、スマホを手にすると、知らない番号から何回も繰り返し電話がかかってきたことに気づく。
1回だけならスルーをしていたが、これだけ短時間に何度もかかってきているということは何かしらの重大な連絡なのだろう。
リダイヤルのボタンを押し、コール音が鳴る。
プツリ、と切れたコール音のあとで発せられた言葉「お電話ありがとうございます、こちら〇△病院です」の言葉に目の前が真っ白になった。
真っ白な病室。
慌ただしく動き回る病院のスタッフ。
その中で響き渡るいくつもの電子音。
その中で北斗は眠っていた。
「松村さんの奥様ですか?」
初老の男性医師が私のほうへと視線を向ける。
言葉が出ず、こくん、と頷く。
「病状についてお話をさせてください」
そう言って歩み始める医師の後ろを鉛のように重たい身体を引きずるようにしてついていった。
その距離は数メートルしかないはずなのに、やけに遠く長く感じた。
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さーや(プロフ) - 真白さん» 書いてる側としては、ふとした瞬間に思い出してもらえるのって本当に嬉しいことです。そんな風に思ってもらえるお話を書けているのであれば、本当に書いていても救われるというか。これからも少しでもそう思ってもらえるようなお話を書けたらいいな、と思います。 (2020年4月17日 16時) (レス) id: 4528227f28 (このIDを非表示/違反報告)
さーや(プロフ) - 真白さん» あぁもう真白さんからのコメント嬉しすぎてなんて言っていいのやら…読みながらこんな素敵な言葉を私なんかがもらっていいのだろうか、と思ってしまいました。。本当にありがとうございます。 (2020年4月17日 16時) (レス) id: 4528227f28 (このIDを非表示/違反報告)
真白 - さーやさんの表現って、じわじわと水のように、ゆっくりと、広く深く心に染み渡っていく感じがして、心地良いんですよね。読み終えた後も、ふとした時に思い出して、何度も反芻したりして。多分私、これから昼間の月を観たら、シールのこと思い出しちゃうなって。 (2020年4月15日 22時) (レス) id: 76e9874d53 (このIDを非表示/違反報告)
真白 - この先こうなるんじゃないか、みたいなのは、読んでる時あまり考えてなくて(笑 毎回純粋に楽しんでます。ピュアだからこそ出来る恋の話だなと思うし、阿部ちゃんには恋愛下手であって欲しいという、私の願望は満たされました(笑 (2020年4月15日 21時) (レス) id: 76e9874d53 (このIDを非表示/違反報告)
さーや(プロフ) - 真白さん» 多分、思っていたようなお話ではなかったかと思うのですが、最後まで読んでいただきありがとうございました。相変わらず真白さんの素敵なコメントにキュンってしちゃいました!笑 ありがとうございます。 (2020年4月15日 16時) (レス) id: 4528227f28 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:さーや | 作成日時:2020年4月5日 13時