ウィスキー、ロックで

禁酒35日目 ページ35

「A」

名前を呼ばれて顔を向ける
チャニの視線には熱がこもっていて

何かに気付く


どちらからともなく顔が近づいて
あ、キスするんだなって他人事みたいに思った

少しずつ伏せられていく目が大人っぽい


そこに私たちを遮るものは何もなかった





．




何もないはずだった

伏せられていた目が勢いよく開く


着信を知らせる軽快な音
目には見えない物理攻撃


「…ごめん俺のだ」

「大丈夫、早く出ないと」

起き上がってチャニがスマホをとる
私は少し離れて静かにしておく


内容を聞かないようにどうでもいいこと考えてみる
明日はお昼何食べようかな
パスタは今日食べたから久しぶりにタイ料理ありだな
パッタイ ナシゴレン カオマンガイ
へへっ めっちゃ楽しみになってきた

「なんで笑ってるの？」

「あ、電話終わった？ 明日のご飯考えてた」

「うん 何食べるか決まった？」

「パッタイかナシゴレンかカオマンガイ！」

「まさかのタイ料理」

「久しぶりに食べたくなっちゃって」

「俺も食べたくなってきた 今度行こうよ」

「…うん！」

「さっき用事があるって言って降ろしてもらったんだけど マネージャーさんが近くまで迎えにきてくれてるみたいでさ 俺行かなきゃ…」

「そっか 忙しいのに来てくれてありがとう」

「行きたくない」

「でも行かなきゃ」

「充電させて」

そう言って思いっきり抱きしめられた
ちょっとくるしい

「がんばれる？」

「ん」


なんとか玄関までやって来てドアを開ける前に

ドアを開けたら声を出さない
立ち止まらない
顔を上げない

この三つを念押しした

靴を履いても名残惜しそうにするので無理やり前を向かせる
背中から哀愁が漂っている

ドアノブに手を伸ばす瞬間
チャニの肩を引いて
振り向き様の頬に唇を寄せる

すごく驚いた顔をした


早く行かせなきゃいけないのにまだ一緒に居たいと思ってしまった
顔に出たかもしれない

チャニがこちらに向き直ると私の肩に手を置いて そっと触れるだけのキスをした

今度は私が驚いた顔をした

「今日はここまでね もう行かなきゃ」

鼻と鼻が触れ合ったまま言う
少しは元気になってくれたらいいと思ってしたことが倍以上になって返ってきた

チャニは一度私の手をギュッと握ると
すぐ連絡すると言い残して戻って行った



「なんじゃこりゃ…」




．

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