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「そんな事…言うなよ、Aさん」
ふるふると頭を振る彼女。
その瞳が一瞬、怪しく艶やかに光ったような気がした。
「あのね」
幼い声が僕に届いた。Aさんはさっきまでの張りつめた雰囲気とは打って変わって穏やかな表情をしていた。
その変わりぶりに少し驚きながらも僕は首を傾げ、Aさんの言葉を待った。
「舞子ちゃんたちの記憶から私を消したよ」
想像していたのとまったく違う言葉がAさんの口からこぼれ出た。
かけ離れすぎているから頭が上手く回らない。僕の心臓は止まったんじゃないかな、だってこんなに衝撃を受けているのに体が痺れたように動かない。
「瑛一とはもう会えない」
「ちょっと待ってよ、1人で勝手に決めすぎ!僕はそんな事望んでないって!」
「舞子ちゃん以外も私を知っている人からは全て記憶を消した」
全てを切り捨てるかのようにAさんは僕に背を向ける。
その瞬間、体が反射的に動いた。Aさんの華奢な腕を掴む。
Aさんの表情は見えない。僕が彼女の後ろに立っているからだ。けど、無理に見ようとは思わなかった。きっと僕もAさんも心をえぐられるだけ。
「グッバイ」
「え?Aさん今なんて…」
「さよなら。グッバイ」
軽いニュアンスのさよならを、突き付けられた。
でも僕も黙っていられないよ。こんなにAさんの事が好きなのに、Aさんはいつも何も言わずに僕の元からすり抜けていく。
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作者名:稲穂 佳子 | 作者ホームページ:http://uranai
作成日時:2019年3月15日 15時