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「でも、俺は瑛一だけを欲しかったわけじゃない!Aも傍に来て欲しかったんだ…!」
「何を言ってるの…自分から離れて行ったくせに」
苦しそうな表情のまま、帆立君は言葉を紡ぎ続ける。
「Aは知らなかったと思うけど、Aと離れる少し前人間に恋をした。両想いになれて凄く幸せだったんだ。
だけどすぐに彼女は死んださ。
無常感がたまらなくつらくて、Aでさえも自分のもとからいなくなってしまいそうで、だったら自分から離れて、1人で生きようと思った。けど年が経つにつれて、1人じゃどうしようもなく寂しくなった」
細い記憶の糸を手繰り寄せるかのように、儚い声が辛い気持ちをよく表していた。
Aさんの顔は髪に隠れて僕の所からは見えない。
一体、どんな表情で帆立君を見つめているのだろう。僕には分からない、どんな思いで帆立君を思っているのだろう。
「Aを探した。数年たって、ようやくAを見つけた。けどAの傍にはもう既に瑛一がいて、しかもその瑛一は質が良い。思わず…こういう形でお前らに近づいた」
そう言った帆立君にAさんは近づいた。
そうして帆立君の髪を柔らかく撫でる。
「苦しいの、分かる。寂しさもすっごく分かる。けど、もう瑛一に近づかないで。彼は私たちと関わるべき人間じゃない。姿を見せて、話すべき人じゃなかった。去るのよ」
しっかりとした、ブレのない声だった。
帆立君はAさんの手を掴み、解き、そして離した。Aさんの手は宙に放られ、それからだらんと落ちた。
帆立君は淡く笑って、そしてすっと消えた。
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作者名:稲穂 佳子 | 作者ホームページ:http://uranai
作成日時:2019年3月15日 15時