契り【狗巻棘】

■08% ページ10

｢高菜 明太子 いくら｣


地を這うような低い声色でおにぎりの具という言語がお見合いの会場内を飛び交う。

何故、彼がここに？グルグルと疑問が脳を駆け回り、見開かれた自身の暗めの茶色の目に酷く冷たい元許嫁の顔が写り込む。

ズカズカと部屋へと侵入してくる姿にこの場に居た一同は、唖然としながら止まらない男へと視線を向けた、その直後、


｢常峰当主…代理。私は今回の一件に関して合意してはいませんよ？｣

棘君の後ろから現れた人物の発した声によって一瞬で部屋の中が凍てつく。
ツナツナと呟く彼と共に現れた狗巻家当主であり棘君の父親の存在を見るや否や現場は一瞬にして冷えきった。

和服姿のその男の言葉、一言一言が己の耳を突き刺していく。口の奥が震えて上手く言葉が吐き出せない。

目の前の状況に困惑という二文字が浮かび上がる。どういうことだ？と現状を脳が理解しようとフル稼働している最中、


｢…ツナマヨ｣

｢…っちょっ、棘君！？｣


真っ直ぐ大股で私の元へと突き進んできた彼に左手首を掴まれる。そのまま今度は逃がさいと言わんばかりに力強く握りしめられ部屋の外へと連れ出された。

離せと身を捩りながら抵抗するものの無言でエレベーターまで連れていかれその箱の中へと押し込まれる。

静寂の広がるエレベーター内
一言も話すこともなく上へとそれらが上昇していくのをただ黙って見守ることしか出来なかった。




｢…明太子｣
｢っ、ま、まって｣


そして次に引き摺られるように連れてこられたのは、ホテルの上層部に備え付けているひとつの部屋の前だった。

手際よく高級感漂うドアの鍵をあけ放ち、中へと侵入する棘君に押し込まれる様な形で自身も中へと進む。

脳が身体が危険信号を鳴らすも男の棘君に適うはずもなくあっさりベッドへと投げ飛ばされてしまう。

黒色のヒールを履いたままの状態で綺麗に整頓されたシーツを投げ飛ばされた反動で乱す。シースルーのワンピースドレスが擦れる音が響く。


視界がグルグルと目まぐるしく回る。
どくどくと乱れる呼吸を抑えながら現状を理解するべく落ち着けと脳が司令を出した次の瞬間、




｢…A｣


地を這うような低い不機嫌な声で私の名前を棘君が呼んだ。

目の前に立ち塞がる彼の冷たい視線が己の体を突き刺しては抉っていく。


乱れた呼吸音が静寂の広がる室内に木霊する。
噎せ返るような気持ちの悪い感情が絡み合う。
向けられる鋭いそれに己の体が恐怖という色で染められた。

■09%→←■07%

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す