引き継ぎ屋弐 (ページ6)

今日:12 hit、昨日:0 hit、合計:4,363 hit

五十六ページ6

「良いんだな？本当に」

「ええ」

空がまだ白む前。
薄暗さが際立つ帳の中。

ゲートの前に立つのは、上司と私。

上司の目の下にできたクマが、険悪でもないのにそうさせる。

「ったく、世話のかかる後輩だな。お前は」

「すみませんでした」

「悪いと思ってるなら、今度メシ奢れよ」

「覚えていたら、奢ります」

「そこは素直に奢るって言えよ」

ため息の代わりに苦笑いをこぼして、上司はゲートを潜る。

体に巻かれていた包帯は、徐々に取れて隠れていた噛み跡をくっきりと覗かせる。

「噛んで、痕をつけて」

指で包帯の上から触れれば、滲む痛み。

「最期は、全部食らう癖に。何を恐れているのですか」

暗闇の中、見下ろした地面に浮かぶ赤い瞳。
言葉はなくても、感情は伝わる。

「いっそのこと、奪ってみますか。私の全て」

何かを訴えかけるように、犬神が唸り声を上げる。

「冗談です。戻りましょう」

ゲートから離れ、本丸へと向かう。
玄関の門の前に立つ人影を見つけ、私は足を止めた。

「こんな朝早くに、そんな体で何をしている」

「おはようございます。蜂須賀虎徹さん」

「挨拶はいい。何をしているか聞いている」

「上司と引き継ぎを。ゲートまで見送りに行って参りました」

答えながら、その横を通り過ぎようとすると、蜂須賀の手が不意に私の肩に触れる。

「その傷は、あの犬神か」

「だとしたら、何だと言うのです？」

「アレは、お前に仕えているのではないのか」

「・・・そうですね。仕えているというより、ある約束をしているのです」

「神と“約束”だと？」

蜂須賀虎徹の顔に浮かんだのは、焦燥感と驚愕。

「ただ、約束したのは、私ではありませんが。・・・だから、意地でも手放したくないのでしょうね」

フッと口元に浮かんだ笑み。
その笑みを見た蜂須賀虎徹は、両手で肩に触れ、向き合わせる。

「何故、逃れる努力をしないのだ。約束したのが、お前でないのならば、まだ救われる道も」

「いいえ。救われる道など、何処にも。むしろ、この子でよかったとさえ、思っています」

肩に触れる手に自身の手を重ねる。

「この子が守らなければ、私も前任のように取って食われるだけでしたから」

蜂須賀虎徹の肩に触れる手から力が抜ける。
その手を手に取り、手放して、私は続ける。

「私は、この子がいる限り、他のどの神にも心から仕える事は出来ません。・・・初めから、私がこの本丸の審神者として生きる道は無いのです」