引き継ぎ屋弐 (ページ4)

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五十四ページ4

古風な日本庭園が広がり、大きく水を張る水面に赤い欠片が舞い降りては、波紋を作る。

煙管の先から出る紫煙。
太い柱に背を預ける人影が一つ。
徐に吸い口に口づけながら、その目は夕闇に生える紅葉へと向けられる。

「主(ぬし)様」

ポチャンッと大きな波紋と水音を立てて、控えめに鼓膜を震わせた声。

「如水(じょすい)」

名を呼ばれ、重力に逆らって迫り上がる水面。
それは見る見るうちに人の形をとり、透明なそれは色をつけた。

「上は何て？」

「水蛭子(ひるこ)様は、誘美様自ら処罰されました」

「だろうな。体が不完全で、健全なモノが欲しいのは分かるが、アレは度が過ぎた。なんせ、誘葵のお気に入りだぞ？」

口では悪態をつきながら、その顔は何の感情も浮かばせない。

「ま、気になりはするか。なんせ、取り損なったモノだものな」

立ち上がった人影が、一歩、また一歩と大きく水を張る堀江へと向かう。

「主様？」

「私とて、同じ禍ツ神を宿している身。それなりに体は見合ったものを得ている手前、大それたことは言えまい」

「しかし、主様は水蛭子様とは違います」

「違わないさ。体を奪っていることに違いはない」

黒く変色した手が如水の手前に迫る。
けれど、その手は触れることはない。

「・・・お前は変わらんな。醜い私を見ても動じるところか、目を逸らしもしない」

月明かりに照らされたその多くは痩せ細り、落ち窪んだ片目は鬱血し、もう片方は包帯に覆われている。

身体の殆どは赤黒く変色し、見るに耐えない姿をさらしている。

「主様、包帯をお替えしましょう。滋養のある薬を誘美様から預かっております。さぁ、お体に触ります故」

「・・・もし、私が普通の体であるならば、お前に触れることも、抱きしめることも出来たであろうに」

寂しそうに歪む顔を、如水は大きく目を見開き、ふるふると頭を振る。

「いいえ、いいえ。主様、私は貴方様のお側に居られるだけで良いのです。本当に」

近づいて触れようと伸びる手。
けれど、その手は触れる前に空を切る。

「包帯は自分で替えられるから、お前はもうお休み。薬は部屋の前に。お使いご苦労」

「・・・はい。お休みなさいませ」

深々と頭を下げて、如水は堀江の中に帰る。
静かになった縁側を振り返り、切なげに目を細めながら、ゆっくりと目を伏せる。

「この体も、もう限界か」

膿んで、腐って、悪臭を放つ。
そんな体を何度も見ては、漏れる笑み。