七十六 ページ26
「現世から生者を亡者道に連れ出す手間考えれば、もしや」
「亡者道にいる生者は、審神者職についていた者たちでしょう。各本丸より、審神者の行方が付かなくなったと報告を受けております」
八尾は以後に控えていたこんのすけに画像を表示させる。
指示を受けたこんのすけが、前足で地面を叩くと、床一面に情報の波が表示された。
「その数、優に百を超えているとか」
「！ 神域に近いからこその、誤算だな」
「本丸は神域と現世の狭間に設けられています故、簡単には突破できない
現世は生者の都。
黄泉は死者の都。
二つの世界は分け隔たれてはいるが、その境界はあまりに脆い。
現世と黄泉は鏡合わせのように隣り合い、表面は薄い膜のようなもので幾重にも覆われている。
膜同士の接触を防ぐため、二つの世界は反発し合い、生じた歪みが流れを生み、時に膜を傷つける事がある。
破れた膜から二つの世界の境界が一時交わる時、亡者たちは黄泉へと渡る機会を得る。
その過程で、現世よりも黄泉に近い本丸は余波を最も受けやすい。
「これまでにも何件か、小規模なものならば、似たような事例は報告されていましたが、黄泉へ渡る寸前で救出されていました」
「こんなにも大規模な事例は初、か」
「世界が膜を修正してしまえば、生者たちは帰る機会を永遠に失い、その存在そのものを消されてしまう」
八尾の視線と上司の視線が私に向けられる。
犬神が私を庇うように前に出る。
私のその背中に手を伸ばし、そっとその背を撫でる。
「朔月、薬師」
「はい」
「！ ぁ、はいっ」
立ち上がった私に慌てて立ち上がった薬師。
それを見てフッと微笑んだ八尾は私が使ったゲートに向かって歩き出す。
「黄泉の旅路は険しいものとなりましょう。けれど、私は政府の者として、大事な審神者たちの命を守らねばなりません。それが例え、己の命を天秤にかけようとも」
ゲートの前に立つ八尾は人差し指と中指を立て、ゲートの表面に文字を連ねる。
「廻る、廻る、流転する。死は生へ。生は死へ」
暗唱だ。
八尾が得意とするのは、好霊術。
「廻る、廻る、流転する。因果は応報。即ち、これ偶然に非ず、必然なり」
ゲートが暗唱に応じて赤みを帯び、姿形を変えていく。
「我、汝の声に耳を傾ける者」
ゲートから伸びる無数の手。
「我が定命の刻を対価に、道を示せ」
続く
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作者名：朔夜 | 作成日時：2019年4月8日 14時
