七十 ページ20
くしゃりと歪む顔を両手で覆い、嗚咽を漏らす審神者を支える様に蜂須賀虎徹が、その手を伸ばす。
「“償い”を求める貴方がいる様に、“赦し”を与える誰かがいます。今は無理でも、少しずつ自分を許せる様に彼らが導くでしょう」
蜂須賀虎徹は、此方を真剣な眼差しで見つめ返し、一つ頷いてみせた。
私はフッと漏らした笑みを口を引き締める事で仕舞い込み、三つ指をついて頭を下げる。
「勝手ながら、これにて仮審神者の任を解かせていただきます。まだ、ご不安な点がお有りでしょう。急時の際は、遠慮なく政府や
「随分、急な申し出なのだな」
「申し訳ありません。別件での任を任されましたので。お望みであれば、代わりの者を派遣する事も可能です」
「いいえ」
芯のある強い声が鼓膜を叩く。
鼻を啜り、溢れる涙を拭い、大きく深呼吸をした審神者が口に笑みを作る。
「お顔をあげてください。僕はもう大丈夫です。短い間でしたが、お世話になりました」
顔に帯びた影が全て取り除かれる事はないだろう。
けれど、幾らか緊張が解れ、晴れやかな表情になっただけでも、今は良しとするべきだろう。
部外者が多くを語ったところで、不快感を与えるだけだ。
「さて、迎えが来る前に」
襟から顔を出した如水に目をやる。
「厄王様ではなく、薬師様がこちらに向かわれる様ですね」
影から這い出た犬神が足元に控え、此方を見上げる。
その頭に手を寄せようとして、触れる前に手が止まる。
けれど、唸り声を上げた犬神がその手に擦り寄った。
「貴方まで
如水の纏う瘴気が作る霊障が体に露われ始めた。
焼け爛れたような痣が服の下には広がっている。
痛みは鈍いが、徐々に体力や霊力の質に異常をきたすだろう。
「黄泉の女神、黄泉津大神の力がここまでとは」
ふうっと息を吐き出し、侵食する穢れを濾過しようと試みるも、上手くいかない。
「また、あの場所を訪れる日が来るなんて」
閉じた目蓋の裏に浮かび上がる幼き日の記憶。
この手を握っていたもう一人。
手放したのは、誰か自分が一番よく知っている。
「ようやく貴方に会える。例え、壊れて朽ちて、腐っていたとしても、体は貴方のものだったのだから」
目を背けていられる時間は十分にもらった。
これからは向き合わなければならない。
「師匠」
久々に呟いたその言葉の響きが、胸を空く事はなかった。
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作者名：朔夜 | 作成日時：2019年4月8日 14時
