六十七 ページ17
「・・・」
触れた途端、ピクリと跳ね上がる手が、躊躇しながらも厄王の指先を中途半端に握る。
「薬師」
葛藤に揺れる薬師に近寄り、そっと抱き寄せる。
「何してんだよ。さっさと、行けよ」
投げやりな言葉とは裏腹に、突き放すどころか、徐々に力が入る手。
「・・・ふふっ」
「笑うなっ」
「すみません。そういう所は、大きくなっても変わりませんね」
観念したように縋り付いた手に応えて背中を撫でる。
脳裏に甦るのは、泣いてばかりいた幼子の姿。
抱き寄せればすっぽりと収まっていた小さな体も、今では大きく逞しくなった。
何もかもをさらけ出していた頃とは違って、少し天邪鬼に育ってしまったが、誰よりも優しい所は何一つ変わっていない。
「帰ってこい。必ずだ」
意を決したように、顔を上げた薬師の目は僅かに赤く充血している。
明らかに泣くのを我慢していたのだろう。
「ええ・・・」
コツンと額を合わせ、目を伏せる。
握り込む手を撫でると、ゆっくりと解ける。
視界を翳めた何かに薬師が目を見開く。
黒のビロード状の花を羽ばたかせるソレは、厄王の持つ眷属。
「極楽蝶、早朝より出づるは晴天」
ふわりと柔らかな風が肌を撫でる。
その瞬間、花が散るが如く、厄王の体が
蝶が魅せるその光景は、いつも圧倒される。
美しく、妖艶で、思わず手を伸ばしたくなる。
けれど、伸ばした手にはもう目もくれない。
すり抜けていく蝶の群れ。
「もう動いたか。流石は、厄王だな」
「！ 社長」
背後からかけられた声に薬師が慌てて立ち上がり、頭を下げる。
「お前はちっとも変わらないな」
「社長には、言われたくないっすね」
「にしても、成長したなぁ。昔は“一緒に行く”、“連れてって”って言ってたろ？」
ニヤニヤしながら昔の醜態を痛いほど突いてくる誘葵。
「無知なガキの頃とは違いますんで」
「まぁ、潜ってきた修羅場が違うからな」
複雑な顔で蝶の居なくなった虚空を見つめる薬師に、誘葵はその肩をポンポンと撫でる。
「ほい。如水の居場所と、次の仕事だ」
「！」
ピラピラと懐から出した紙をピラピラ振りながら、意地の悪い笑みを浮かべる誘葵。
受け取った薬師は、その内容を見て紙と誘葵を交互に見つめる。
「まぁ、アイツは頼めば力を貸すだろう。お前の能力は迷い家でも重大な支えになる」
「命令だ、薬師。朔月と共に迷い家へ向かえ」
「・・・御意」
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 16人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：朔夜 | 作成日時：2019年4月8日 14時
