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車の中で、後部座席に並んで座っているトントンさんがあの、と声を掛けてくる。
「さっきの話の続きなんですけど、その女神は夫とか居なかったんやろか」
「確か居たと思いますよ、えっと、トロイア王の兄弟で兄だったか弟だったか……それで息子がトロイア戦争でアキレウスに倒されるんです」
「物知り」
「あっはは、いえ、折角見に行くんだからちょっと調べたってだけで」
へぇ、と笑ってからトントンさんは私の方に向けていた顔を前に戻して、一度小さく息を吐いた。
「……顔も知らん、住む世界すらも違う奴らに自分の妻の名前が呼ばれ続けるってどんな気持ちなんやろ」
「えと」
「あぁ、気にせんといて。独り言」
「いえ、続けて頂いて、構わない、です」
彼は色んな顔をする。
一見、表情が無くて冷たいような印象を受けるけどその実彼は沢山の表情を作る。特に笑顔がより顕著で、他人向けの作った笑みも家族に向けるような優しい微笑みも愛しいものを見つめるような笑みも、楽しそうに口を開けて笑うのも、どれも彼自身だった。
ただ、どうしてか彼自身を理解できない気がするのは、きっと今みたいな笑い方をするせいだ。
彼は頬を蒸気させて、目をゆるりと細めて目尻を下げる。口の端を吊り上げる。でもそれを悟られないようにか、どうにか堪えようとしているから歪に見える。
恐らくこれも彼で、トントンさん自身なのだと思うのに、どうしてか私の外側にあるような気がするのだ。彼にこの笑みを向けられた時、私は酷く恐ろしくなると共に酷く堪らなくなる。胸の奥から、芯から、痺れるような何かがふつふつと沸騰してしまうような気がするのだ。
もう暫くは恋愛は出来ないだろう。
それはあの日、クリスマスに見た二人の男女と子供を見た時から変わらず私の中で有り続ける物だ。それでも元恋人と過ごした、彼を愛する燃えるような気持ちと、緩やかな毎日の気持ちは決して嘘では無かった。
恋とはなんだろう、愛とは。私はトントンさんに何を思っているのだろう。私の奥の奥で燻るこれは、一体何なんだろう。
「じゃあ……Aさんは、許せますか」
「……トントンさんは？ トントンさんは、どう思うんですか」
だからこれは多分逃げだ。彼に答えを"あげなかった"。
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ﾄﾝｶﾂ(プロフ) - 本当に大好きな作品でなんども読み返しました。2人の関係がものすごくもどかしくて本物の恋愛を見ているような気分になりました。素敵な作品をありがとうございます (10月29日 18時) (
レス) id: 2c4f4e3f8f (このIDを非表示/違反報告)
安眠 - ふと思い出した自分に感謝、そしてこんなに素晴らしい作品を生み出してくれた塩ラテ様に尽きることのない感謝を込めてコメント失礼致しました。これからも応援させていただきます。 (2023年1月13日 15時) (レス) @page39 id: 2ea80e16cb (このIDを非表示/違反報告)
安眠 - し小説を齧ってから読んだこの作品の構成やキャラクター達一人一人の立ち方、何より少しほろ苦くいつの間にか酔ってしまう正しくワインのような文の綴りに惚れ惚れしました。語彙力は宛ら、豊富な知識にも少し上から目線なのですが天晴れと思いました。 (2023年1月13日 15時) (レス) @page39 id: 2ea80e16cb (このIDを非表示/違反報告)
安眠 - コメント失礼致します。初めまして、実はこちらの作品は更新していた時から見ていたのですが、何如せん自分の知能と無知故に目を滑らせていたのですが、それでも今の今まで覚えていて、冬である今ふと読みたいなと思い頑張って探させて頂きました。少 (2023年1月13日 15時) (レス) @page39 id: 2ea80e16cb (このIDを非表示/違反報告)
塩ラテ(プロフ) - 天の河さん» こちらでもコメントありがとうございます！とても丁寧な感想にとても暖かい気持ちになりました、本当に嬉しいです。読者の方に場面のひとつひとつを想像して貰えることがとても幸せです。読んで下さりありがとうございました！ (2021年10月5日 20時) (レス) id: 4f7195255d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：塩ラテ | 作成日時：2020年11月27日 23時
