雌ライオンはひとりでいい 1

小林直己先生 ページ21

哲也さんのあとの解剖医の先生。
評判いいけど、どんな方なんだろう。
ドアの前、深呼吸。

「そんなに緊張しなくても、捕まえたりしませんよ。」

後ろから声がかかった。
振り向くと、背の高い少し怖そうな背筋の伸びた男性が立ってた。

「なにか御用ですか？」

白衣を着てたので、この人が小林先生だとわかった。

「田崎法律事務所の土田です。
お願いしていた書類のことで、質問したくて…」

小林先生はにっこり笑うと

「どうぞ」

ドアを開けてくれた。

同じ部屋でも、全然違う配置。
ここにはもう逃げ場はない。

「もしかして先生って前の…」

「はい、前の監察医の土田の妻です。
お願いします。」

「そうなんですね、先生とは時々学会でお会いするんですよ。」

「では、小林先生にお会いしたこと、伝えますね。」

「聞きたいというのは？」

「ご遺体のことで…若いのに随分歯の状態が良くないですね？」

「多分、シンナーのせいかと…。」

「吸っていたんてすね？
　常習しないとならないですか？
　それとも一度や二度でも？」

「常習ですね、あそこまで
　ひどいと。」

「脳への影響は？」

「それはまだでした。
　不思議ではありますが、あえて指摘する程では無いです。」

小林先生の説明は、この後もとてもわかりやすく、質問もしやすかった。

「ありがとうございました。
　とてもわかりやすかったです。」

「また遊びに来てください。
　今日はお茶も出さずに…。」

「お構いなく、今度は持ち込みで参ります。」

「楽しみにしてます。」

研究室を後にして、いい先生で良かったと思った。
シンナーかぁ…だけど娘さんは、書類によれば、中学受験をして合格、それなりの学校へ通ってる。
父親はサラリーマンで、大手商社の営業部長。
持ち家あり、それなりの収入と、中学から私立へ通う娘さんと、後妻(この言葉やだな。)とはいえ、優しい奥さん幸せな家族、周りはそう見てた。

前の奥さんの病死の後、お見合いで夫婦は出会ってる。
今回の依頼人はご主人だ。
娘を手にかけた妻を許せるだろうか…
乳飲み子から１４年育ててくれたことへの感謝？
例えば哲也さんがひまを…考えたくない。ありえない。
今更苦しいこの裁判を乗り切れる？
私の心は壊れない？

発見者は、隣の家の主婦。
普段から親しくしていて、その日も畑で取れた野菜を渡すために訪れた時に、発見…か。

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