第壱百拾弐話 ページ12
「これは人外であっても、命在る存在のようだ。Aちゃんの異能では倒せない」
だとすれば選択肢は二つ、と太宰が指を二本立てる。
「一つ、諦めて死ぬ。二つ、この異能が保つ内に逃げる。当然、Aちゃんは置いていく事になるけどね」
「ッ! 手ッ前ェ……ッ!!」
視界が真っ赤に染まる。
考えるよりも先に太宰の胸倉を掴んだ。
「ふざけんじゃねえッ! 手前、仲間を……Aを見殺しにする気かッ!!」
叩きつけた怒号は殺気に近い。瞳に宿る蒼い光すら鋭い刃のようだ。
だが、今にも頸を捻じ切りそうな激しい感情をぶつけられても当の太宰は顔色一つ変えない。
「私は事実を示したまでだ。それが厭なら、もう残った手は「一つしか無い」ね」
「一つって……」
『汚濁』をやる気か?
云わんとする意味を察し取り、中也は目を見開いた。
それは最後にして最大の切り札――嘗て一晩で敵対組織を建物ごと壊滅させ、彼等が“双黒”と恐れられた所以。
「ただし、私の
「選択は任せるだと?」
絞り出した声は爆発寸前の感情を抑え込んだ所為で引き攣っていた。
このいけ好かない男は此方を窺うような殊勝な態度を装って、その実腹の中では何もかもがもう筋道立っている。
あァ、腹立たしい。心底腹立たしい。
そうと判って、自分はきっと、この男の思うがまま踊るのだ。
振りきった怒りはどうしてだが人に笑みを浮かばせる。
苛立ちに悔しさに焦燥に殺意に。
そんなものを掻き混ぜ煮えくり返ったそれは、地獄の窯のようで本気で笑えそうだ。
口元が歪に弧を描く。
ただその瞳だけが、あるがままの感情だった。
「手前がそれを云う時はなァ……何時だって他に選択肢なんか無えんだよ!」
悪態を吐くだけ吐いて吐かれて、結局いつもと変わらぬ遣り取りを経て中也は異形と対峙した。
塗り潰された業火のように蠢くそれを前に、しかし風は完璧に中也を守っている。
柔らかな白い光が、頬を撫でた。
(A……)
光と風の向こうに見えるその姿を目に収め、瞼を閉じる。
――――今、そっちへ往くから。
「汝、陰鬱なる汚濁の許容よ、更めてわれを目覚ますことなかれ」
黒の革手袋が地に落ちる。
音にも満たない微かな空気の震えが、荒神の降臨を告げた。
57人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
雪白(プロフ) - 雪さん» コメントくださりありがとうございます。そのように仰って頂けて大変嬉しいです。ただ、現時点ではあまり続編を書く予定はありませんね…。ご期待に沿えず申し訳ございません。拙い作品ですが、最後まで読んでくださり本当にありがとうございました。 (7月5日 17時) (レス) id: a24e144b4a (このIDを非表示/違反報告)
雪 - とっても素敵な話をありがとございます🌸話の流れからしてこれで完結のようですが、死の家の鼠編やそれ以降の話はやったりしないのですか? (7月3日 14時) (レス) @page34 id: 685216d62e (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:雪白 | 作成日時:2023年2月25日 9時