第壱百拾壱話 ページ11
それがAなのだと、一瞬本気で判らなかった。
それ程に今の彼女は、彼女という人間を象るものが刮げ落ちていた。
紋様の浮かぶ額。目も如何してか色を変え、金色に輝いている。
何より、理解の及ばない音で紡がれる歌。
一切の不純物を含まないそれは最早人間離れすらして聞こえた。
そして、その歌に共鳴して辺り一帯に巨大な力が渦巻いている。
異形の攻撃も二人を守るように吹く風に凡て弾かれていた。
その光景に中也は茫然と呟く。
「何だよ、これ……」
「見たままだよ。Aちゃんの異能はただの治癒異能じゃないんだ」
答えた太宰もまた、彼にしては珍しく困惑した表情を浮かべていた。
「私も実際に目にするのは初めてなのだけれどね。Aちゃんの異能、その本質は“歌を媒介に森羅万象の力を降ろす能力”だ」
自然界を満たす力、あらゆる現象の根源を操る能力。
地を包み天候をも左右する――それが異能『天界の理』本来の姿だった。
けれど、脆弱な人間の身で世界の途方もない力に触れ、行使するなどあまりに危険過ぎる。
だから、Aは治癒や催眠――生命のみを対象に異能を使っていた。
それによって相手の意識が安全装置となり、力に引き摺られ暴走する事を防いでいるのだ。
それでも尚、相当の自制心が求められ負担も大きい。
「だが、制御を捨てれば彼女は神にも迫る力を発揮出来る。……尤も、躰が耐えられないけどね」
「は……」
殆ど吐息に近い声が滑り落ちる。中也はその言葉の意味を誰よりも正しく理解した。
身に余る力は異能者自身の命を喰い尽くすもの。
このままでは、Aは、死ぬ。
「しかもあの異能、相手を殺す事は出来ないんだ」
「はァ!? 莫迦な。あンだけの力、喰らったら木端微塵に……」
「威力が如何こうの問題じゃない」
見給え、と太宰は言う。
「この風、防御こそ鉄壁だけど一切あの化け物への反撃がないだろう」
異能には独自の制約があるものも少なくない。
Aの力もその一つ。
彼女の異能の本質は守護。
故に、
世界に干渉する力を持ちながら、如何なる命を奪う事は許さない――許されない。
それはまるで、神によって課された掟。
天界の理たる名の由縁だった。
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雪白(プロフ) - 雪さん» コメントくださりありがとうございます。そのように仰って頂けて大変嬉しいです。ただ、現時点ではあまり続編を書く予定はありませんね…。ご期待に沿えず申し訳ございません。拙い作品ですが、最後まで読んでくださり本当にありがとうございました。 (7月5日 17時) (レス) id: a24e144b4a (このIDを非表示/違反報告)
雪 - とっても素敵な話をありがとございます🌸話の流れからしてこれで完結のようですが、死の家の鼠編やそれ以降の話はやったりしないのですか? (7月3日 14時) (レス) @page34 id: 685216d62e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:雪白 | 作成日時:2023年2月25日 9時