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「……花家大我」
Aがあたし以外に向ける声の冷たさはいつも尋常じゃないけれど、今日はなんだか少しだけ暖かかった。
なんで急に大我、と思ったけど、Aは無駄なことはしないから、きっとまた大事なことを言うんだろう。
それか、いつもみたく「ニコに変なことしたら殺す」とか。
なんて、この状況でそんなこと言われたら涙が引っ込んでしまうかもしれない。
「…ニコを、よろしく。もう、私は守れないから」
「……言われなくてもそうするよ。俺は主治医だからな」
Aに抱きしめられているせいでAの顔も大我の顔も見えないけど、きっとAはちょっとだけ笑ってるし、大我はそれに驚きつつ笑い返すんだと思う。
Aは自分ばかりあたしを気にしてたと思ってるかもしれないけど、本当はあたしもずっとAを見ていた。
あたしが寝てる横ですっごい小さい声で歌を口ずさんでたのも、大我のおかずをあたしのところにこっそり密輸してたのも、口にこそしなかったけどバッチリ見ていた。
見てるよ、知ってるよーって気持ちも込めて手繋いだりハグしたりしてたんだけど、生まれて数年しか経ってない世間知らずのAはそんな簡単な愛情表現にも気づかずに、毎日ストレートに「好き」って言ってそばにいてくれてたんだろう。
そんなところが愛しくて、嬉しくて、ずっと一緒にいられたら幸せだって思ってたんだ。
「ニコ」
ふいに、Aがあたしを呼んだ。
少しだけ顔を上げたら、Aはあたしに回していた腕を少しだけ引っ込めて、おでこが当たるくらいの距離にした。
こつん、とおでこがぶつかって、Aの髪が顔に触れる。
もう随分、薄くなってしまった。
手なんてもう目を凝らさないと見えない。
まだAが目の前にいることを確認するみたいに、Aの半透明な手を緩く握った。
うっすらとだけ触れている感じがするけど、ほとんど空気を触ってるみたいだ。
「…また、会えるから。きっと」
「……っ、次は、あたしが―」
珍しく眉を上げてちょっとだけ笑ったAは、そのままあたしの手元から消えていった。
触れる手とおでこの感覚も、目の前に確かにあった気配も、何もかも。
粒子のひとつも残さずに、Aは消えてしまった。
でもきっとまた会えるだろう。
何年後か何十年後か、はたまた何百年後かもしれないけれど、きっとどこかで会えるはず。
その時は絶対、何があってもあたしがAを守るんだ。
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作者名:L | 作成日時:2022年3月18日 23時