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「…Aは、俺を忘れるのが怖くないのか?」
Aのコーヒーを飲む手が止まった。
言わなければよかったと後悔するも遅く、恐る恐る逸らした視線をAに戻すと、ばちりと目が合った。
「ごめん、なんでもな―」
「怖いに決まってるよ」
俺の言葉を遮って、Aが言う。
その瞳は少しだって揺れずに、俺を真っ直ぐ見据えていた。
コーヒーを静かに置いて、Aが本に手を置く。
黒いインクで綴られた文字を優しく撫でながら、そっと口を開いた。
「きっと、ずっと好きだったんだ」
思いもよらない言葉に、唖然として瞬きを繰り返す。
何を、と聞こうとして、今は静かに聞いていようと飲み込んだ。
目を伏せた彼女が、まるで本に書かれた文字のように滑らかに、吐き出すように言う。
「きみが、桜井侑斗という人間が。私の記憶には何一つ残っていやしないのに、きみの所作を知っている。………それに、愛しいと思う」
ああそうか、と思った。
Aは、俺を忘れたくて忘れてるわけじゃない。忘れる側も辛いんだと、わかっているつもりだったのに。
「きみは私を縛り付けてしまっていると思っているかもしれないけれど、縛り付けているのは私の方さ。今もこうして、きみの都合のいい人間になろうとしている」
そうすればきっと、俺はAから離れられないだろう。
忘れてなお自分を想ってくれるAに、現実を突きつけずにいてくれるAに、俺は酷く甘えているんだ。
さらりとした長い髪、甘い声、香るコーヒーの香り。
どこまでも彼女に似ている。
未来の俺がどうしてあの人を選んだのか知りたくて、たまたま似ていたAを選んだ。
不誠実な始まりだったのに、それをわかった上で俺を縛り付けるAはきっと、どこか狂っているのだと思う。
そして、そんなAを愛している俺も。
狂っていたって、なんだっていい。
この都合が良くて愛しい彼女が、ただ家で俺の帰りを待っていてくれるのならば。
I Love Youを隠してみせて【花家大我】→←紅茶の方が好きだけど【番外/桜井侑斗】
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作者名:L | 作成日時:2022年3月18日 23時