５７ ページ8
今にも瞳から涙が零れ落ちそうになるのを堪えて、フジに小さく「ありがとう」と呟いた。
フジはそんな私の頭を優しく撫でてくれた。
その掌はとても冷たくて、それなのに感じる温もりに心までも温かくなるのを感じる。
やっぱり待っててくれたんだね……、私の仕事が終わる時間がわからないフジが店から出てくる時にぴったり居るわけない。
フジの優しさに甘えっぱなしなまま、彼に連れられて近くのファミレスにやって来た。
「…本当に大丈夫なの？動画…」
「大丈夫だよ、それよりお腹空いたでしょ？食べよ。なに食べる？」
テーブルに用意された注文用のタブレットに触れるフジ。彼に連れられてファミレスにやって来たけど、座って暫く経ってからやはり予定がある彼に申し訳なさが込み上げてくる。
私のことを気に掛けてくれてるのはとても嬉しいけど、元から存在する予定を崩してまで私の話を聞いてもらうのはやはり申し訳ない。
「心配しないでAちゃん」
「！」
「時間をずらしてもらってるだけだよ。ご飯食べたらちゃんと行くから」
これ以上私が思い詰めないように言った嘘なのか、それとも本当にこの後ハウスに行くのか…。どちらか定かではないけれど、これ以上私が気にしていたらフジに悪い気がした。だから私は「そーなんだ…」と小さく呟く。
「仕事いつもこの時間に終わるの？」
「うん」
「そーなんだ。スーパーのバイト忙しい？」
「まあまあかな」
「そっか」
話題を反らして、私の仕事について訊ねてくるフジに短い返答を返していく。…なんだか気を遣わせているみたいで情けない。
「…Aちゃん」
途端にフジが真剣な眼差しを向けてきた。
「キヨと、気まずい？」
「ッ…」
その質問は今の私には的確過ぎた。だからわかってしまったんだ。フジは私とキヨがどんな状況なのか知ってるって。きっとキヨにでも聞いたのだろう。
「Aちゃんは、キヨのこと好き？」
「…」
俯いたまま小さく首を振る。フジの云う「好き」と、私の思う「好き」は違うから。だから私は、首を振った。
ここで、「わからない」って誤魔化せたら、どれだけ楽だったんだろう……。こんなにも小さな動作なのに苦しいなんて、思いもしなかった…。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 58人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：わたがし | 作成日時：2020年11月25日 12時
