終わりの見えない時(ky) ページ36
キヨくんが話し掛けてくることなんて、結構普通なことな気がする。挨拶だとか、先生に頼まれた荷物を運ぶ時だとか。そーいう時以外には滅多に話さないから、親しみを持つ友達のような会話はまったくしたことがないはずなのだけれど。
「…Aさんて鈍感？」
「は？」
「俺結構アピールしてるつもりなんだけど」
「な、にが」
「言ってほしいの？」
含みを持ったような言い方で、口角を上げてクスッと艶やかに笑うキヨくんにドキッと鼓動が跳ねる。まさか、と思って少し意識しそうになってる自意識過剰な自分をなんとか落ち着かせようと息を飲んで、自覚はありながらも下手くそに笑ってみせた。
「キヨくん、どーしたの。帰らなくて大丈夫？」
「誤魔化すならもっとマシな方法ですればいいのに。馬鹿だな」
「ちょ、」
身を乗り出したキヨくんが、私に顔を近付けてくるもんだから思わず身構えて強ばらせながら、力強く瞼を閉じた。耳元で間近に感じる吐息に、鼓動がさらに強く脈打つ。
「俺のこと、見て」
「っ、」
耳元で優しく囁かれ、くすぐったくて逃げたくなる。その気持ちに鞭打って、ゆっくりと瞼を開くと鼻先が触れあいそうなくらい間近にキヨくんの顔があって、頬の熱が一気に上昇する。
「Aさんって可愛いね」
「あ、…」
言葉を口にすることもできず固まっていたら、クスッと小さく笑ったキヨくんが動いた。額に感じたぬくもりはすぐに離れて、それと同時に響くリップ音に思考回路がパンクしそうになった。
「ぁ、…い、今……」
「ん？」
「な、にして…」
「唇はまた今度な」
「〜〜ッ」
唇に触れたキヨくんの指先。もうだめだ、なにも考えられない。まだ片付いていない真っ白なプリントに目を落として唇を噛んだ。プリントの問題を解いてる場合じゃない。早くここから立ち去りたい。
「終わるまで待ってるわ」
「え」
「帰り、遅くなったら危ないだろ？」
裏を感じない笑みが、逆に恐ろしい。もう一度プリントに視線を落として、小さくため息を吐き出す。私がこのプリントから解放されるのは、いったいいつになるのだろうか……、程遠く感じた終わりに、もはや頭痛すらしなくなった。今の私はそれくらいに、プリントよりも目の前の男のことで頭がいっぱいだったんだ。
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作者名：わたがし | 作成日時：2020年5月11日 9時
