【短編集】恋する君の唄【実況者】 (ページ31)

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実にくだらないとわかってても(ky) ページ31

「優しくされたいって…思うでしょ普通」
「相手俺だけど」
「わかってるし」

俺から目を逸らして、棚に並ぶ化粧品を眺めて気になる物に手を伸ばす彼女を横目に、喉まで出てきていた言葉を思わず口にしそうになる。
言えるわけないってわかってるからこそ、自制心が働いて歯を食いしばって言葉を飲み込む。早く話を逸らして話題を変えようと思って彼女から視線を外して目の前にあるグロスを手にした。
Aに合いそうなナチュラルな桃色のグロスだった。

「これなんかどー？」
「あ、可愛い」
「試してみて。ここに試品ある」

試品を手に取って、興味を持ったAにグロスの試品を渡す。
近くにある小さい鏡を見ながらグロスを塗る仕草が妙に艶っぽく感じて心臓が跳ねた。透明感のある艶やかさをプルッとした唇に残し、グロスを元の位置に戻した彼女が俺を見上げる。

「どー？」
「ッ…、いんじゃね」

可愛いとか綺麗とか、そんな恥ずかしいこと口にできるわけなかった。否、それはただの言い訳だ。
それらの言葉を口にしたら、きっと止まらなくなる。今だって崩れかけの理性をなんとか保ってる頼りない俺だ。その唇に触れたいなんて、思っちゃいけないことなんだよ。

せっかく逸らそうと思って逸らした話題なのに、余計に自制心を揺るがすような真似を自分からしてしまうなんて俺は何やってんだよ。

「そればっかりだな！」
「うるせぇ馬鹿」
「もういいばーか！」
「あ？馬鹿はお前だろ」
「ばーかばーか！」

素直に可愛いという言葉すら好きな女の子に言ってやれないんだから、俺も相当ひねくれてる。剥れて化粧品コーナーから離れていく不機嫌な背中を眺めながら、俺はその姿を追い掛けることなくその場で小さく呟いてやった。

「お前は可愛いよ」

目を見て、直接言わないのは俺の意地だ。離れていく背中に頼りなく小さく呟くのは、俺の自制心が邪魔をしたからだ。
お前が可愛くなる理由が俺じゃないってわかってるから、それが悔しくて仕方ないんだよ。男って笑えるくらいつまんない生き物だろ？笑いたきゃ笑えばいいよ。

「くだらな…」

俺、何やってんだろう。
早く忘れちまえばいいのに、なんで未練がましく想ってんだよ馬鹿野郎。
離れた先で振り返った不機嫌な姿が、動かない俺を待っているのに気付いて一歩踏み出す。踏み出したその一歩が、自棄に重く感じた気がした。