きっと (ページ3)

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　部屋の中に足を進めればルームフレグランスの甘い匂いに包まれる。この匂いで「樹の家にいる」と脳がグラつく。

樹「ココアでいい？」
　「うん。ありがと」

　あの日私がのんだから。それだけの理由でストックしてくれるようになったココアをいれてくれる。それとコーヒーを持って、ソファに座る私の隣に座ってくる。いつも通り。樹の家に来た時のルーティーンのようなもの。このまま飲みながら話をして、どちらかのそれが空になった頃…。

　まぁ、それはいつもの事。今日は違う。

　久々の甘いココアを飲みながら近況だったり、流れているTＶにつっこんだり、と当たり障りのない話をする。

　ふと、カップが視界の中に入ってくる。…いや、「ふと」じゃないな。この人、わざと私の視界に入るように私の近くに置いたな。

　樹のカップの中は空だった。

　カップが空なことに気付いて視線を樹に移す。私のことを見ていた樹とバチっと音が鳴りそうなくらいしっかりと目が合う。その視線が柔らかくて甘い雰囲気を持っていて、思わず身を引いてしまう。

樹「A」
　「な、に」
樹「なんで無視したの？」
　「忙しかったからって、さっき言った」
樹「嘘つき。絶対嘘だろ」

　追い詰めるように距離を詰めてくる。それから逃れようと身を引くだけじゃなく座る位置もずらして距離を取る。もうこれ以上はどうしようもないところまで追いつめられて、至近距離で目を合わせられる。

　「うそ、じゃない」
樹「…あっそ、言わないってことな」
　「…」

　「言わない」って何のことを指してるんだろう。そんなことを考えたすきに樹の顔が近づく。柔く甘いままの視線が私の唇に向いた。

　ルームフレグランスの香りと、樹のいつも付けている香水の甘いバニラのようなにおい。そして、樹自身の匂いが混ざって頭がクラクラする。

　(…結局、流されちゃうんだ)

　そう思ったとき、小さく髪の毛が引っ張られる感じがした。ここ最近、何度か感じた痛み。ピアスの飾りに髪の毛が引っかかったのだろう。その痛みにハッとして、より強い痛みが来るのが分かりながらも、顔を思いっきり逸らした。