きっと (ページ16)

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　「帰るよ。仕事帰りだし、なんか、疲れたし」

　元々の理由だけを伝える。樹くんだって働いてる身。そういう日があるのも分かってくれるだろう。そう思ったのに、私の顔をじっと見て、一瞬納得のいかない表情をする。でも、すぐにパッと人当たりのよさそうな柔らかい笑顔を浮かべる。

樹「疲れてるんなら余計に。休んでから帰んなよ。疲れてる中わざわざピアス届けに来てくれたお礼もしたいし」

　そういって私の腕をつかんで部屋の中に引き入れる。腕を引っ張られたことで転ばないようにバランスを取ってるその一瞬のうちにドアを閉めて鍵を閉める。

　「どーぞ」なんて言いながら私が靴を脱ぐのを見ている。…逃げられるようなもんじゃないな。

　自分が強く意志を持てば大丈夫、そう言い聞かせて靴を脱ぐ。私の行動に満足いったようで、樹くんは中に進んでいく。

樹「座っててー。ココアでいいよね？」
　「…ん。ごめんね」

　あの日と同じようにソファに座る。ルームフレグランスの甘い香りとこの状況。あの日を思い出させられて、なんだか本当に気まずい。

樹「どーぞ」
　「ありがと」

　あの日と同じカップ。甘いココアの匂いとコーヒーの匂い。さっき見た光景とこの状況。…無性に涙が出て本当に頼ってしまいそうになるのを耐えるためにもらったココアを飲む。その温かさと甘さがなんだか沁みた。

樹「家中探してもピアス見つかんなくてさ、あの日つけてたなって思って連絡したら当たりだったわ」

樹「元気してた？」

樹「また変なお酒の飲み方してない？」

　コーヒーを飲みながらベラベラと口を動かし続ける。それに当たり障りなく返して、飲み切ったらさっさと帰ろう。そう思っていたのに、

樹「なんかあったっしょ？」
　「なんか、って？」
樹「それが分かんないから聞いてんだけど…なんか、あの日と同じ顔してる」

　ずっと人当たりのよさそうな柔らかい顔をしてたのに、急に眉を下げて品pしそうな顔をして私を覗き込む。覗き込んだ拍子に少しだけ距離が近くなって、その動きに連動するようにふわっと樹くんの香水の香りがする。…勘弁して。

　「っなんもないよ」
樹「嘘つけ」

　スッと伸びてきた樹くんの手。それが頬に触れる。

樹「何もない人は泣かないの」

　それで自分が泣いていたことに気付く。あの日からしばらくたったのに。あの光景を見て、ちょっと似た状況になっただけなのに。