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仕事終わり、家に帰る方向とは真逆に足を進める。この方向に行くことも少なくなるな。
あの人の家までの道には思い出がたくさんある。出会った場所、最寄りのスーパー、深夜に出掛けた少し離れたコンビニ…。その他にもいろいろ。全部忘れることはないし、忘れたくない。
…でも、区切りとして、終わりにする。自分のために。
歩いて、電車に乗ってまた歩いて。そうしてたどり着いたマンション。迷わず上に登っていき、息慣れた部屋の前まで行く。部屋の前で息と髪を整える。あの人のために伸ばした髪で、あの人と離れるためのピアスを隠すように。
ピンポンを鳴らせばすぐに開くドア。インターホン越しに確認とか、しないの?
樹「久しぶり」
開いたドアから聞こえた久々の声。低くて少し掠れた、録音して残しておきたいくらいに落ち着く、愛しい声。…さすがにこれは気持ちが悪いな。
「久しぶり…なんて言うけど、一か月くらいじゃない?会ってないの」
樹「そうだけどさ、」
「しかも、一か月合わないなんてざらにあったじゃん」
樹「連絡もしなかったことはない」
「そうだっけ?」
樹「そうだよ…無視してただろ、お前」
「忙しくて気付かなかっただけ」
嘘。樹の言うことが合ってる。無視してた。約一か月…ピアスを開けてから今日まで、樹からの連絡は全て。気遣う言葉も、誘いも、全て。
樹「…ふーん」
「…なに、その何か言いたげな感じ」
樹「別に、なんでもねーよ。…で、入んないの?」
「……入、る。お邪魔します」
「入んないの?」と聞かれて、話すだけならここでもいいのか、と今更気付く。というか、わざわざ家に来なくてもよかったのでは?どっか外でもよかったんじゃ、とも思ったけど、時すでに遅し。来ちゃっているし、私が中に入れるようにドアを開けながら隙間を作り、当たり前に入ると思っている樹の顔をみたら「ここでいい」とか「少し出かけよう」とは言えなくて、入ってしまった。
ドアを閉めて部屋の中を進んでいく樹の背中を見ながら靴を脱いで、耳に触れる。
絶対に今日は流されない。話すことを話して、おしまいにする。
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作者名:天羽 | 作成日時:2022年6月15日 2時