ぎこちない ページ10
綾乃の言葉にAは両手で涙を拭って、しっかりと頷いた。
「大丈夫。仕事には響かせない」
力強い瞳。だけど、どこか頼りない。揺れる瞳はまだ強い苦痛や悲しみに支配されていた。
「……そう。でも、ほんとに辛くなったら翔子ちゃんや仲間に言って助けてもらいなさい。…無理に笑う必要なんてないのよ」
「……うん。ありがとう、お姉ちゃん」
姉の優しさが心に優しく溶けていく。
食べられそうなものを聞かれるが、やっぱり食べ物を見ても、考えるだけでも気分が悪くなってしまう。お腹は空くのに食べられないのが辛い。その日もAはヨーグルトだけをなんとか胃に入れて眠った。
顔合わせ当日がやってきた。
早めに会場に到着したAは指定された椅子に座り、心を落ち着けていた。
結局朝もほとんど食べずに来てしまった。
気を抜くとまた涙が出そうになって、目に力を入れてなんとか堪える。
苦しみを隠すように口角を上げて笑ってみるが、心の雨は降りしきるばかりだった。
忙しなく動くスタッフたち。Aの担当編集の廣瀬は別件で出席できないのだと言う。
電話で申し訳なさそうに謝る彼の声に大丈夫、と返したのは記憶に新しい。
「ちょっと、酷い顔‼」
俯きそうになった時、Aの耳に聞き慣れた声が滑り込んだ。
舞台『刹那の宴』の主演女優にして、Aの幼馴染みの佐鳥翔子だ。和歌が亡くなって、Aのことを心底心配してくれていた。けれど、彼女には女優としての、大事な仕事があり和歌の葬式に出席してすぐに東京に帰ってしまったので会うのは4日ぶりだ。
「こんなに痩せて！……やっぱり全然大丈夫じゃなかったのね」
「………うん。…どうすれば良いのか、分からないの」
また瞳が潤んできて、慌てて目を押さえる。
「お腹空いてる？」
その問いに、Aは頭を振って否定した。
「今は何も食べられない。何もいらない」
「……そう」
翔子が思っていたよりも精神的に参っている幼馴染みを見て、胸を痛めた。
たった1人で長野の別邸を守ってきた。いつか和歌が帰ってくると信じ続けて。でも、もうどんなに望んでも和歌は帰ってこない。
それがどんなにAの心を苦しめるかと思うと、やるせない気持ちになる。
「おはようございます。よろしくお願いします」
そんな声が次々に聞こえて、見渡せば出演者が集まっていた。
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作者名：星ノ宮昴 | 作成日時：2020年6月14日 15時
