送る ページ22
「送るよ」
そう言って車の鍵をズボンのポケットに入れるつばさにAは手をぶんぶんと振った。
「ここからそんなに遠くないので、大丈夫！ありがとう」
申し出は嬉しいのだが、今日は彼に多大な迷惑をかけてしまったので、申し訳なさすぎて断ろうとする。けれど。
「こんな夜道を女の子1人で帰らせるわけにはいかないよ」
優しい、溶けそうなほどの言葉にAは図々しく頷くことはできない。
「兄が迎えにきてくれるので！ほんとに！」
「お兄さん、どこまで来てくれるの？」
「…中目黒駅」
「じゃあ、そこまで送るよ」
それが当然、と言うように笑ってつばさはAの肩を優しく叩く。
「ほら、遅くなると心配するんじゃない？」
「うっ。………お願いします…」
「うん」
渋々、という感じで頭を下げるとつばさは満面の笑みで頷いた。
準備をして、2人は駐車場に向かった。
つばさの車は紺の普通車だった。さりげなく助手席のドアを開けてくれるつばさに誘導されるままにAは車に乗り込んだ。
車内はシンプルで、整理されていた。
「行くね」
つばさは一声かけて車を発進させた。
「お願いします」
耳に心地よいBGMが車内に流れていた。ゆったりと走行する車に合わせて揺られながらAは居心地がいいと感じていた。
「Aちゃん、どのくらいこっちにいるの？」
その問いにAは視線を斜め上へやりながら考えた。
「崎山さんに話を聞いてもらったら、だいぶスッキリしたから……そうだなぁ。お姉ちゃんも心配してくれているし、1週間くらい居ようかな」
そう言うAにつばさは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、そのどこかで遊びに誘ってもいい？」
「えっ」
驚いたような彼女の声。つばさは前を見据えたまま、優しくAの返答を待つ。
脈打つ心臓に気付かないふりをして、穏やかに笑っている。
「わ、私でいいなら。特に予定もないし」
「良かった」
ホッとしたような言葉にAはくすくすと笑った。
「明らかにホッとしたような声出さないでよ。いくらでも付き合うのに」
「やっぱりAちゃんはかわいいね。ありがとう。嬉しいよ」
正直に口にすれば、Aはまた笑った。常套句のような言葉。だけど、『ファン』としてではあるが、好きな人から「かわいい」だなんて言われて嬉しくないはずがないのだ。
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作者名：星ノ宮昴 | 作成日時：2020年6月14日 15時
