逃げ道 ページ20
今、つばさにできるのはそうやって、優しい言葉をかけて側にいてあげることだけだ。
「悲しんでいるのも、苦しんでいるのも、傷ついているのも、Aちゃんが優しいから」
その声は落ち着いていて、じくじくと痛む胸にスッと溶けていく。
「周りは早く元気になれ、とかしっかりしろとか言うだろうけどAちゃんはそのままでいいよ。無理に元気になろうとしなくていい。Aちゃんが大丈夫になるまで、待つから」
つばさの手がAの長い髪を優しく撫でた。まるで犬か猫になったような気分だ。
「でも、ずっと悩んでると心が疲れちゃうからたまには気分転換したほうがいい。たまには現実逃避も必要だよ」
優しい言葉にAはただ頷くことしかできなかった。
つばさの肩に両手を置いて、Aは顔を自分の手の甲に押し付けた。
「…ありがとう…」
逃げても良いと言ってもらえて、ホッとした。知らず知らずのうちに自ら逃げ道を塞いでいたことに気付かなかったのだ。頭の中はずっと母のことでいっぱいだった。真正面から受け止めていたせいで、その重みに耐え切れずに今弱ってしまったのだ。
そのことに今気がついた。
休む場所がなくて混乱して、重圧に押し潰されて。いいことなんて何もありはしなかった。ただ、姉や周りの人に迷惑をかけただけだ。
髪を撫でるつばさの手は止まらず。Aはハッとして離れた。恋人でもない相手に、近付き過ぎた。
「ご、ごめんなさい！」
顔が生理的に赤くなる。思いに反したその赤みがAの羞恥を駆り立てる。
ゆるく首を振って、つばさはAの赤い顔を見て口角を上げた。他意はないだろうけれど、その照れの原因がつばさであることがなんだか無性に嬉しい気がした。
「何か観る？」
真っ赤な顔を見ていたら、その照れがつばさにも移ったように彼の頬もうっすら色づいていた。
変な空気を一掃するためにそう問いかければAは小首を傾げた。
「DVD、良かったら」
そう言ってつばさはAの手を引いてDVDが収納してある棚に導いた。
テレビの隣、2段の棚は隙間はあるが、ほぼDVDで埋まっていた。そのほとんどが『ミュージカル刀剣乱舞』や、『クロガラス』などつばさも出演している作品だった。
「じゃあ…」
そう言ってAは迷わずに一枚のDVDを手に取った。
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作者名：星ノ宮昴 | 作成日時：2020年6月14日 15時
