ありきたりな言葉 ページ19
「いいっていいって。Aちゃん今日は謝ってばかり」
そう言ってつばさはくすくすと笑った。
「今日はご迷惑をおかけしてばかりだから」
申し訳なさで小さくなるAの頭を優しく二度、ぽんぽんと撫でてからつばさに手招きされる。座布団ではなく、小さな簡易ソファを広げて、そこに座るよう勧められる。
言われるがままに腰を下ろすと、その隣につばさが座った。
あんなに大泣きしたというのに、何も聞いてこない。きっと、話したくなったら話してという無言のメッセージなのだろう。
そんな彼の優しさに少しだけ甘えてもいいだろうか、とAはつばさの服の裾を控えめに引いた。
「…その。重い話になっちゃうけど、聞いて、くれる？」
おずおずと切り出せばつばさは満面の笑みで頷いた。
「もちろん」
あの日の情景は今もまだ瞼の裏にこびりついて離れてはくれない。母が亡くなって数日なのだから、当然と言えば当然なのだが。
Aは時折言葉を詰まらせながら、つばさに話した。母が倒れてから亡くなるまでのこと。ずっと母は精神を病んで入院していたのだと思い込んでいて、真実に全く気づくことができなかったこと。気づいてあげられなかったことへの後悔。長野の家に居続ける理由。
ごちゃごちゃとまとまりがなく、作家の口から出る言葉とは到底思えないけれど、つばさはそれをずっと聞いてくれていた。
「私だけが気付くことができたのに。母の嘘を最後まで見破ることができなかった…。また一緒に長野の別邸で暮らしたかった…」
母に嘘を吐き続けられていたこと、知った時はショックだった。急に「本当は心臓を患っている」だなんて言われても混乱しかしないのに。
「私は…どうすれば良かったんだろう…」
顔を覆った。細い指がカタカタと震えている。その手のひらの奥でAの顔は苦しげに歪んでいた。悲しげに瞳が揺れていた。心が軋んでそれ以上は言葉にならなかった。
「…優しいね。Aちゃんは」
つばさはAの肩を抱き寄せた。その華奢な体はつばさの腕の中にすっぽりと収まってしまった。
今、Aが求めているのは慰めでも共感でもない。それだけは会ってそう日の経たぬつばさにも分かる。
ありきたりな言葉だけど、それで少しは心が安らげば良いと思うのだ。
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作者名：星ノ宮昴 | 作成日時：2020年6月14日 15時
