そんなこと ページ18
傷ついていて、苦しんでいて、悲しんでいる。綾乃はそう言った。
間違ってはいないから、否定はできなかった。
向かい合って座っていたつばさが隣に移動してきた。その背をゆっくりとさすられる。優しい温もりが痛くて、でも同時にホッとした。
とめどなく溢れる涙はAにはもう止められない。つばさはAの正面に回り込むと、その華奢な体を抱きしめた。その胸に頬を擦り寄せて子どものように泣きじゃくった。
やがて、涙が引いた頃。Aは恥ずかしさでつばさの胸から顔を離すことができなかった。
目の前に自分がいたら、100%殴り飛ばしていただろう。
流石に申し訳なくなってきて、Aは体を離すとつばさに頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
土下座する勢いで下げた頭は地面スレスレ。
「Aちゃん、大丈夫だから顔あげて！」
慌てたようにAの肩を押し上げるつばさの顔を見上げる。
「Aちゃんは泣き顔もかわいいね」
まるで、Aを口説こうとするような口調でつばさはそう言って笑った。
「そういうの、軽々しく言うの良くない」
「Aちゃんだけだよ」
「そんなことより、服汚しちゃってごめんなさい！クリーニング…」
「そんなこと！」
Aの言葉を復唱。少しばかりショックを受けながらも、Aよりも6つも歳上のつばさは笑顔で応じる。
「クリーニングなんていいよ。Aちゃんの涙は全てうちの洗濯機が洗い流してくれるからね！」
つばさはAの頬に残った涙の跡を拭う。
「泣きましたって顔してるから、顔洗っておいで。俺もその間に着替えてくるから」
「うん。何から何までお世話になってしまってすみません」
そう言って、Aはつばさに案内されて、洗面台に向かった。洗面台は脱衣所にあり、その隣はドアを隔てて浴室になっていた。洗面台と浴室の間には洗濯機が一台置かれていた。ドラム式で、ボディの色は白だった。
Aは脱衣所の引き出しからタオルを一枚取り出すと、蛇口を捻った。流れ出てきた水を顔に数回かけて、タオルを顔に押し当てる。
水気を拭き取ると、つばさに言われた通りタオルを洗濯機の中に入れる。
ダイニングに戻ると、黄緑のシャツに着替えていたつばさが食器の洗い物も全て終わらせていた。
「すみません、ご馳走になっておいて洗い物まで」
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作者名：星ノ宮昴 | 作成日時：2020年6月14日 15時
