優しい味 ページ17
Aはネギや椎茸といった、野菜を切っていく。包丁とまな板が擦れる小気味良い音がする。
「Aちゃん、普段から料理してる？」
「…崎山さんほど上手ではないと思うけれど」
Aが切った野菜をつばさが端から鍋に放り込んでいく。
全ての野菜を鍋に放り込んだところで火をつける。その間にAは使った道具を洗っていく。
「Aちゃん、手が荒れちゃう。俺がやるよ」
つばさはそう言って洗い物を代わってくれようとするが、Aは首を横に振った。
「ちゃんとケアしているので大丈夫！崎山さんの方こそ、肌荒れには気をつけないと」
「俺もちゃんとケアしているよ」
「でも、今日は私に任せて！私はタイピングさえできれば仕事に支障はないから」
俳優の彼と小説家のA。人の目に触れる分、つばさは特に肌荒れには気をつけないといけない職種なのだとAは思うのだ。
「…Aちゃんって意外と強情だよね」
「べ、別にそんなつもりは…」
「分かってる。ありがとう」
礼を言われて、Aは顔を赤くしながら頷いた。礼を言われるのは慣れていないし、そわそわしてしまう。
誤魔化すように洗い物を終えると、つばさの隣でグツグツと煮立つ鍋の中を覗き込んだ。
調味料を垂らして味を整えるつばさの姿をすぐ近くで見守っていた。
やがて完成した雑炊は器に盛り付けられて、ダイニングのテーブルの上に運んだ。
サラダと緑茶を淹れて食事に添えれば完璧だ。
「いただきます」
「いただきます」
2人、手を合わせてそう言ってレンゲを持つ。やはり食欲は出ないけれど、せっかくつばさが作ってくれたのだ。
意を決して雑炊を少し掬う。湯気が立つそれに息を吹きかけて冷ましてから、恐る恐る口に含んだ。
じんわりと口の中に優しい味が広がっていく。
ずっと食べ物が喉を通らなかったのに、やっとのことでヨーグルトを流しこんでいたのに。それらがバカらしく思えるほどに、その雑炊は自然と喉を通った。
「…おいしい…」
気づけばそう零していて、頬に涙が伝った。
「だ、大丈夫？」
目の前で慌てるつばさにAは何度も頷いた。
「だい、じょうぶ」
そう涙声になりながら言った。
つばさの優しい味が心に染み渡った。
手と口を動かして、Aは料理を綺麗に平らげた。頬を伝う涙を優しく拭われて、その温もりで更に涙が溢れた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 64人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：星ノ宮昴 | 作成日時：2020年6月14日 15時
