青い月。 (ページ9)

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「佐野さんから好意寄せられて、そんなにうれしいんですか？」
「仕事が手につかなくなるほどうれしいんですか？」

彼女の瞳は、あのお店のオーナと同じくらい黒かった。
笑った笑顔の瞳の奥は、誰か私の知らない人を何度も何度も包丁で切り付けて。

動かなくなったそれを見て、満足げに微笑んで。

そして、私と目が合う。
反射的に目をそらしても、まだあの人から見られている気がして何も身に入らない。

「別に。関係ない人は黙っててもらえると嬉しいんですけど」

その場から逃げようと一歩足を前に進ませる。
私の行先きを奪うかのように私の真ん前で立ち止まると不敵に笑いかけた。

背筋が凍るような、体全体を包み込む毛布のようなもので縛り上げられるような感覚がして動けなくなる。

「夏輝ちゃん！」

後ろから名前を呼ばれた声がして、後ろを振り向く。

前見た時とは違う私服姿にピアスを外した状態の末澤くんの姿。
クラりと私の心臓が揺れて、安心でため息が出る。

「あ、なんや絡まれてんの？」

あの店で見せたような少しだけ黒いベールを纏った笑顔を見せて、目の前の女性をにらみつける。
楽しそうに女性の耳元に口を近づけ何かを囁くとそのまま私の手を握った。

悔しそうに唇を噛んで涙目になりながら、大声で言葉を発する。

「お前なんかいなくなればいんだ！」

「お前、やられたいん？」

不敵に見せた笑みは、怖くて恐ろしくて。
それでいて、何故だかすごくうれしくなった。

早くこの場から逃げたくて、末澤くんの手を軽く引っ張るとあっと気づいたように慌てていつもの笑顔を取り繕う。

「行きましょ」

「お前、どこの誰か分からへんけど夏輝ちゃんにこういうことしたら次はないからな」

「…なんで……」

末澤さんが握る私の左手はどんどんと熱を帯びていく。

関わるなとでも言いそうな瞳を見たのは現実だったのかを疑い、震えて冷たくなった手をかすかに感じて、嘘ではなかったと思いなおす。

「夏輝ちゃん、ああいうタイプに絡まれること多いん？」

安心できるであろうと連れてこられた場所は、私がよく行きつけで行くカフェで。

座席を指名してそこに向かい合うような形で二人一緒に座り、お互いに食べるものが運ばれたときに、末澤くんが口を開いた。

「今日が初めてです」

悔しそな表情を見せた後に、ご飯を口に運んだ。
もうそれ以上言葉を交わすことはなかった。