『攫われた。』 ページ48
「全部終わッたんだ。約束通り、これからの、いや、未来の話をしていこう」
ひぅ、と喉が鳴って。結んだ唇から嗚咽が漏れ出す。
あたたかいもので心が満たされていく。
固まった何かがするすると溶けていく。
心の底にあった思いが、形作っていく。
本当は怖くて仕方がなかった。
その手をひいて、運命の輪から外れるくらい何処か遠くへ、二人で逃げてしまいたかった。
闘うのは怖い。死ぬのは怖い。それ以上に、周りの人が死ぬのが怖い。
然しその選択は許されない。
その未来ではきっと、彼が二度と笑うことはないと理解していたから。
「なァ、明日何処か行くか？それとも何か食いたいモンはあるか？」
今を生きる今日は、ずっと超えられなかった、ずっと超えたかった、「明日」だった。
未来はやってきた。手にしたかった明日は、今日だった。
『ならもう一度、明日乾杯しませんか。あの時の葡萄酒、まだ残ってるんです』
「じゃあ決まりだな。今度は俺ン家だ。
…なァ、A」
抱き締めていた腕を一度離し、見詰め合う。
彼の口から出てくる問いは、私の気持ちを直接聞くための言葉。思いの証明。
「如何して、俺を助けてくれたンだ」
あの時教えてくれた声が、耳の中で反響する。
───「貴方が中原幹部を見る横顔はまるで、恋をする少女そのものでしたから」。
私は彼に、恋をしている。
笑え、と彼は云った。
だから。笑って告げよう。
ずっと云えなかった言葉を、ずっと超えたかった今日の日に。
『貴方のことが、好きだからです。中也さん』
「…嗚呼、知ッてる」
『貴方の生きる未来を、世界を、私は共に生きたかったのです』
「………本当、お前に出会えて幸せだ」
もう一度、優しく口付けて笑い合った。
───未来を、二人、歩んでいく。
全ては泡沫の夢かも知れない。何時か来る終わりは約束されている。
それでも、この夢はひどく美しい。
もう暫くは、そんな夢を抱き締めて息をしよう。
明日は何をしよう。明日は何を食べよう。明日は何て云ってみよう。
こんな風に、これからの、未来の話をしていこう。
くだらない話だと笑われるだろうけど。
でも、今まで描けなかったこれからを、まずはこんなくだらないことから話してみようか。
貴方を攫った私。
けれどとうに、私の心は。
『………私の心、貴方に攫われちゃいました』
「それは返せねェな」
────上司に攫われた。
終わり。
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ユリア(プロフ) - すごくいいお話でした！主人公と相手のそれぞれの気持ちが書かれた構成があまりないので、読んでいてとても新鮮でした！ありがとうございます。 (2023年2月13日 21時) (
レス) @page48 id: 4dc59746f6 (このIDを非表示/違反報告)
篠ノ井(プロフ) - とても良いお話でした‼︎与謝野先生と組んだら最強の異能だなと、考えちゃいました。素敵な作品に出逢えて良かったです。ありがとうございました。。 (2022年1月28日 3時) (レス) @page50 id: 074aca8682 (このIDを非表示/違反報告)
桜月(プロフ) - ふたりともとっても優しくて、お互いのことをちゃんと想い合っていて本当に涙なしには読めないくらい感動しました。ふたりの未来に幸せが訪れますように！！このような素敵な作品に出逢えてとても良かったです！！素敵な作品をありがとうございました。 (2021年12月13日 13時) (レス) @page50 id: 5d3deb0d2a (このIDを非表示/違反報告)
お湯(プロフ) - 一樺さん» わー！嬉しいです！読んでくださりありがとうございましたー！ (2020年6月30日 16時) (レス) id: 133caaaf3b (このIDを非表示/違反報告)
一樺(プロフ) - あぁ…よかった…素晴らしいお話でした。もう…すごく泣いちゃって…いいお話をありがとうございました！！ (2020年6月21日 20時) (レス) id: e734b1c435 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：お湯 | 作成日時：2019年3月10日 20時
