18 ページ19
この静けさにはもうとっくに慣れていた筈だった。
響くのは時計の針の音だけ。鎖はもう繋がっていない。
静けさには慣れていた、筈だった。
なのに、今日の静けさに何処か違和感と恐怖感さえあった。
何かが可笑しいのではないかと。
ただの杞憂であってくれと思いながらも、朝食は喉を通らない。
「A」
名前を呼んだ。返ってこないから、これはきっと独り言だった。
自分から攫ったのに、泣きそうな顔をしていた彼女。
信じてくれてありがとうと、昨夜初めて笑ってくれた彼女。
目を閉じれば今もその記憶は、鮮やかに色を放つ。
呼んだ名前の返事の代わりに。窓から風が入ってきた。
逃走を最も恐れた彼女が窓を開けたままにするのは珍しい。そして珍しさから、大きな心のしこりへ変わる。
寒ィ、と一つ呟いて。其処から出る気もない窓を閉める────
「……何だこれ」
風が、桜色の便箋を運んできた。
可愛いらしいそれはカサリとほんの微かな音を響かせて。ひらり、桜のように足元へ着地する。
二つに折られた便箋。
───途端、心臓が早鐘を打つ。
駄目だ。やめろ。
そう声が聞こえていた筈なのに。
読んで、しまった。
これは誰でもなく自分に書かれたのだと、読む前から分かっていたのだ。
「─────」
そして、絶句する。
喉から声が出なかった。
やっと、全てを理解した。
泣きそうな顔をしていた理由も。
俺を攫った理由も。
ようやく、パズルは此処に完成する。
「……A……お前は……ッ」
こうしちゃいられない、と思い切り走り出した。
便箋をポケットにしまう。申し訳ないが少しだけグシャッと音がした。
玄関を開ける。
「……ッ」
外に出た。
出れて、しまった。
記憶が頭の中を、回る、回る。
───『窓、玄関、全てに異能の怪物を設置しました。出ようとすると異能が作動して、大変危険ですから。だから外には出ようとしないでください』
───『試しに出てみよう、なんて思わない方が良いですよ。
貴方も、そんなつまらないことで死んでしまったら嫌でしょう？』
嗚呼、これはただの口実だったのか。
異能の怪物など、何処にも現れやしなかった。
俺は今日まで、自分の意思一つで、何時でも逃げ出せることが出来たのだ。
唇を噛み締めて、マンションを飛び出す。
便箋にはこう、一言だけ。
【貴方に託します 貴方ならきっと 大丈夫】
と。
前編＊終わり
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 679人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「文豪ストレイドッグス」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ユリア(プロフ) - すごくいいお話でした！主人公と相手のそれぞれの気持ちが書かれた構成があまりないので、読んでいてとても新鮮でした！ありがとうございます。 (2023年2月13日 21時) (
レス) @page48 id: 4dc59746f6 (このIDを非表示/違反報告)
篠ノ井(プロフ) - とても良いお話でした‼︎与謝野先生と組んだら最強の異能だなと、考えちゃいました。素敵な作品に出逢えて良かったです。ありがとうございました。。 (2022年1月28日 3時) (レス) @page50 id: 074aca8682 (このIDを非表示/違反報告)
桜月(プロフ) - ふたりともとっても優しくて、お互いのことをちゃんと想い合っていて本当に涙なしには読めないくらい感動しました。ふたりの未来に幸せが訪れますように！！このような素敵な作品に出逢えてとても良かったです！！素敵な作品をありがとうございました。 (2021年12月13日 13時) (レス) @page50 id: 5d3deb0d2a (このIDを非表示/違反報告)
お湯(プロフ) - 一樺さん» わー！嬉しいです！読んでくださりありがとうございましたー！ (2020年6月30日 16時) (レス) id: 133caaaf3b (このIDを非表示/違反報告)
一樺(プロフ) - あぁ…よかった…素晴らしいお話でした。もう…すごく泣いちゃって…いいお話をありがとうございました！！ (2020年6月21日 20時) (レス) id: e734b1c435 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：お湯 | 作成日時：2019年3月10日 20時
