脳裏に焼き付いて ページ32
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幻覚は消えた。
しかしその後に襲ってくるのは、
『…っう…お、え』
今まで以上の猛烈な吐き気だった。
胃が絞られる痛みと、感じた事の無い嘔吐感。
洗面台に両手を付いて吐き出そうとしても、何も入っていない胃の中では吐き出す物さえ存在しなかった。
苦しみに喘ぎ、体が酸素を求めて肩で息をする。耐え難い脱力感に思わず膝を着いた。
『…は、はは…』
ふと、笑いがこみ上げてきた。
おかしい。嗚呼、なんておかしいのだろう。
だってこれは、私の幻覚───心の片隅で思っていた事をただあの女が口に出して、言葉にして、音に変えて云っただけ。
自問自答。
女が云っていた事も、全部。私が本当は気付いていた事だった。ソレに、目を合せていなかっただけで。
だから見た幻覚は、私が私へと向けた自問自答。
それが何ともおかしくて、どうしようもなく笑いがこみ上げてくるのだ。
ケタケタ、ケタケタ、と。道化師の様に。違う私が指を指して。笑う、笑う。
おかしい。凄くおかしいのに───涙が出てくるのは如何して?
ぽろぽろと、勝手に目から零れる涙。如何して、止まってくれないの?
『…如何して』
分からない。
これだけは、どれだけ自問自答を繰り返しても。
虚しく、独り言が響くだけで。
そうしてただ突っ立っている内に、時間はもう出勤時間へと迫っていた。
ふらふらと幽霊にも似た足取りで、テーブルの上に置いてある携帯電話を取りにいって、そうして画面に表示されたのは国木田さんの名前。
通話釦を押して、
『…もしもし、国木田さん。御早うございます』
「嗚呼、Aか。如何した?」
『…今日は体調が優れないので、お休みをしたいのですが』
とてもじゃないが、人と会えるような体調と心境じゃない。
こんな状態で仕事へ行っても足を引っ張るだけだ。
「…分かった。昨日の事もあったし、今は充分に休め。周りには俺が云っておく」
『助かります。…あの、太宰さんにも…』
「分かっている。安静にしているんだぞ」
『…ありがとうございます』
『では』、と。通話はそこで途切れた。
たった数分間の会話なのに、疲れが一気に押し寄せてきた。
深い溜息を吐いて、近くのソファに突っ伏せる。
「…帰ろう、万優ちゃん 」
「…早く、云ってくれ。…頼む、から」
目を閉じれば、彼の表情が瞼に浮かび上がる。
あの泣き出す寸前の子供のような顔が、どうしても脳裏に焼き付いて離れないのだ。
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お湯(プロフ) - のりばやしさん» またコメントありがとうございます…!感動してくださったならなによりです!新作も頑張ります(*´`*) (2018年8月9日 19時) (レス) id: 2451ee7fcd (このIDを非表示/違反報告)
のりばやし(プロフ) - もう一度失礼します!!完結おめでとうございます!!めちゃくちゃ感動しました!!話の終わらせ方が素晴らしい!!新作待ってます! (2018年8月9日 18時) (レス) id: 450ab9bd17 (このIDを非表示/違反報告)
お湯(プロフ) - のりばやしさん» そう言ってくださり嬉しいです!ありがとうございます〜!! (2018年5月24日 18時) (レス) id: 2451ee7fcd (このIDを非表示/違反報告)
のりばやし(プロフ) - 話の展開と語彙力に心を動かされます。更新頑張ってください!!(*^ω^*) (2018年5月23日 19時) (レス) id: 450ab9bd17 (このIDを非表示/違反報告)
お湯(プロフ) - すばるさん» 返信遅くなって申し訳ございません…!!ありがとうございます!!可愛い太宰さん、いいですよね…!(*´▽`*) (2018年2月23日 20時) (レス) id: 2451ee7fcd (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:お湯 | 作成日時:2017年10月9日 18時