あとの話 ページ29
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彼が云っているのは恐らくその後の話だ。
私はそんな顔を見てから彼に──手刀を食らって、意識を落とした。
『…御免なさい、覚えていないです』
「…」
感情とは反対方向に、心と唇を切り離して言葉を出した。
覚えている、と云ったら、貴方はきっと自分を責めるから。
だからこれは、必要のある嘘だと思いたい。
そう、思っていたい。
彼の瞳が悲しそうに揺れて、それから視線を逸らした。
ほんの数秒の沈黙ができて、また太宰さんは口を開く。
「じゃあ質問を変えよう。君はあの女に何をされた?
一体、何を見た?」
『…云いたくありません』
「…如何して」
『云っては、いけません』
視線が、刺さる。刃物の様な視線である。
ドクン、と心臓が重く、早鐘打った。
瞳と声音が余りに冷たい。過去のあの彼とが重なって見えた。
怖い。素直にそう思ってしまった。
…怖い?如何して?
死体を見て何も思わなかったのに?
それとも、これは恐怖とはまた違う何か?
分からない。全てが───自分の心も、感情も、まるで私の物じゃ無い気がして。
どうしたいのか?どうすればいいのか?
私とは、一体?
「信じる理由"しか"、貴方は持っていない」
女の言葉と記憶が、ぐるぐると渦を巻く。身体が泥のように重くて、吐き気と拒絶感を引き連れてくる。
思い出したく無い。忘れてしまいたい。
どうか、無かった事に、できないか。
あれだけの事をして置いて、背負うべき十字架も投げ捨てて。
よくもまあ、そんな都合の良い事を思うのか。
滑稽な自分に、嘲笑が漏れそうになる。
「もう一度聞く。君は一体、何を見せられた」
『…』
「だんまり、か」
深い深い、溜息を付いて。
『…っ、!?』
私の手首を押さえて覆いかぶさった。
見えていた筈の白い天井が見えなくなって、彼の顔しか見れなくなる。
初めて見る表情。
怒っている筈なのに、哀しそうにも見え、ついでに焦りも読み取れる。
強く握る指、鼻腔を擽る包帯の匂いと、触れそうな距離に来る吐息。
まるで縋るように、怒りを抑えるように、絞り出した声で。
「…早く、云ってくれ。…頼む、から」
震えた音が、私の鼓膜をじんわりと撫ぜた。
それは、胸を締め付けるには充分過ぎる程だった。
『…』
とめどない罪悪感が押し寄せてくる。
私は彼に、こんな表情をさせている。その事が、どうしても申し訳なくて。
チクチクとした鋭い痛みが胸を襲った。
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お湯(プロフ) - のりばやしさん» またコメントありがとうございます…!感動してくださったならなによりです!新作も頑張ります(*´`*) (2018年8月9日 19時) (レス) id: 2451ee7fcd (このIDを非表示/違反報告)
のりばやし(プロフ) - もう一度失礼します!!完結おめでとうございます!!めちゃくちゃ感動しました!!話の終わらせ方が素晴らしい!!新作待ってます! (2018年8月9日 18時) (レス) id: 450ab9bd17 (このIDを非表示/違反報告)
お湯(プロフ) - のりばやしさん» そう言ってくださり嬉しいです!ありがとうございます〜!! (2018年5月24日 18時) (レス) id: 2451ee7fcd (このIDを非表示/違反報告)
のりばやし(プロフ) - 話の展開と語彙力に心を動かされます。更新頑張ってください!!(*^ω^*) (2018年5月23日 19時) (レス) id: 450ab9bd17 (このIDを非表示/違反報告)
お湯(プロフ) - すばるさん» 返信遅くなって申し訳ございません…!!ありがとうございます!!可愛い太宰さん、いいですよね…!(*´▽`*) (2018年2月23日 20時) (レス) id: 2451ee7fcd (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:お湯 | 作成日時:2017年10月9日 18時