一緒に ページ6
涙を拭ったA。
彼女の震える手を岩田が優しく握った。
「焦んないでいいよ」
『……』
「俺は、待つから」
『…………』
「Aが、話してくれるまで。」
カウンターの端っこで、明かりも薄い。
彼の表情にAは、決心することができた。
『私には、兄が居ます。
けど兄は幼い頃の事故が原因で、私が5歳の頃から昏睡状態。
一度も目が覚めたことがありません』
『ある日から、ご飯を作るのも、食べるのも、私一人でした。
父は目の前の現実から逃げるように仕事に没頭して、
母はいつ目が覚めるか分からない兄の隣に寄り添って世話して、
朝目が覚めると、夜眠るまで家族がいない。そんな家でした』
『そしたら、不思議と会話することも無くなって、話せなくなって。
人と関わるのも怖くなって、いつしか避けるようになった。
だから、誰も私のことを見てくれる人なんて居ないんです』
岩田は、Aから語られる話に、黙って耳を傾けた。
その手はずっと震えてるし、涙も拭いながら。
普段、ここまで弱ってる姿を見せない彼女。
いつも明るく、周りを支え続ける彼女が、益々欲しくなる。
「A、俺が居るよ」
『……』
「俺が、Aのことに気づいて、
Aの不安な気持ちを聞いて、
一人で重たいものを背負わなくていいように、一緒に居る」
『岩田さん……』
「俺じゃダメ？」
自分でも狡いと思う。
弱っている彼女の心に漬け込んで。
けど、そこまでして、初めて心の底から欲しいと思った彼女。
『……ワガママですよ、私』
「うん」
『……素直じゃないくせに、泣き虫で』
「優しいもんねAは」
『話すの苦手で、言葉に詰まるけど』
「ゆっくり聞くよ、Aの気持ち」
『……いいんですか、私で』
「Aが良い」
真っ直ぐAの目を見た。
かと思えば彼はマスターを見た。
「……マスター、お会計で」
『……言ってくれないんですか』
「ちゃんと言うよ。
けど、場所変えたいから」
Aが分からぬまま会計が終わり、
気がつけばタクシーに揺られて、岩田家に着いていて。
「付き合ってくれませんか？」
そこで、真剣な表情で告白された。
答えはもちろん、
『……よろしくお願いします』
ふと目が合ったあの時から、
二人の恋物語は始まっていた。
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作者名：雪乃 | 作成日時：2023年6月22日 19時
