仕事だから ページ38
Takanori.I
長かった撮影が終わって、打ち上げもそこそこに俺は帰宅した。
心配だった。
「ただいま！」
玄関を開けると、そこは暗いままだった。
深夜だったから寝てるのかと思って、ゆっくり入ると、そうじゃなくて。
「うぉっ！？」
Aはソファーに座ったままだった。
洋服もそのままで。
『……あ、おかえり』
「た、ただいま……」
驚いた反動で心臓が凄いバクバクだった。
けど俺は、荷物を置いて、ソファーに座った。
「A、どうした？」
『ん？何が？』
「辛そうだよ」
『あぁ今ね、役作りしてるんだ』
「役作り？」
『うん』
また新しい役で暗くなる役があるらしい。
それでも俺にはそれだけには見えない。
「何か隠してる事無い？」
『なんでそんなの聞くの？』
この声のトーンを聞いて俺は目を見開いた。
冷たくなってた。
飲み会の後のこの一ヶ月半で、全く会えなかった。
同じ家に暮らしてるはずなのに、全く会えなかった。
けど、答えが漸く分かった。
Aがずっと、ここに居たからだ。
俺が寝てる間でも、仕事してる間でも、Aは追い込まれてた。
「A、辛いこと沢山あったんだね」
『もう大丈夫だよ』
「もう……？」
『うん』
そう言うAの表情は、暗くてよく見えなかった。
けど、Aの声は、見えない分ハッキリ聞こえてくる。
『これが仕事だから』
「これが仕事って、どういうこと？」
『どんなに辛いことがあっても、笑うのが仕事でしょ？
堪えて、笑顔で受け答えするのが仕事でしょ？
嫌な格好でも、見られて触られて撮られるのが仕事でしょ？
私達は商品で、役者なんだから、心は要らないでしょ？』
何言ってんだって思った。
『仕事ってさ、楽しいだけじゃない。辛いことも沢山ある。
だから、大丈夫だよ』
それはまるで、誰かに言われ続けたものを、口にしてるようだった。
こうして愛してる人が壊れていくのを、俺は気づけなかった。
「それは誰かに言われたの？」
抱きしめて初めて気づいた。
前よりずっと痩せてる。
「明日、HIROさんの所に一緒に行こう」
『無理だよ、あと二時間後には迎え来るから』
「あと二時間後って……」
『最近、朝早いんだよね。
で、ご飯食べる時間無いくらいお仕事貰ってる』
嬉しいね。
何て笑ってるけど、何で誰も止めないんだろう。
今のAは明らかに、健康じゃないのは分かるのに。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 125人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：雪乃 | 作成日時：2023年6月22日 19時
