糸師凛、勉強はレッドカード【4】

124話 本能 ページ7

見たことのないAの顔。

冷静で鋭い視線でも人に振りまく愛想のいい顔でもない。

水飴みたいな涙が音もなく頬を濡らし、怯えているのか憤怒に侵されているのか、絡まった糸のように感情が綯い交ぜになっている何とも言えないその姿に喉の渇きを覚えた。

「玲王も、どうせ俺が悪いって、思ってんだろ」

皮膚の下を突き破って零れ落ちるような声に肌が粟立った。

「そんなこと思ってねえよ」

「嘘だ。お前に何がわかるんだよ。微塵も思ってないくせに」

一度も見たことがなかった。

というよりAがそんな顔を見せることがなかった。

いつも人当たりのいい笑顔を浮かべている顔が歪み、正面から俺のことを睨みつけて時折苦しげに目元を拭っていた。

背中に回していた手を振り払われた時、


あ、今Aに拒絶されてる＿＿＿


その事実に全身の血液が沸騰するような興奮が体に走った。

「ごめ、ちがっ……その、ごめん、なさ……」

自分でも何を言ったのかわかっているのか、先程よりも怯えきった様子で震える手で裾を掴み、許しを請う。

Aに拒絶されたと気に病むより子供みたいに泣くAが可愛いくて可愛いくて仕方がなかった。

「平気だよ、A」

自分の顔が見られないようにAをそばに寄せて冷えている体を抱きしめた。

絶対してはいけないとわかっているのに自然と口角がつり上がり、声が上擦った。

その瞬間、たかが外れたようにさらに泣き出してとめどなく溢れる涙が肩を熱くした。

しゃくり上げながら痙攣する喉が鎖骨に当たる度、電流を流されたような甘い痺れが響いた。


「れお、たすけて」


きっと今のAは縋り付くことしかできない。

俺に縋り付いてただ泣くことしかできない無力で可愛いくて可哀想なやつ。


「ああ。何すればいい？」


じんわりと体温を取り戻していくAの体を味わいながら傷んだ髪を撫でる。


「こんな俺でも好きでいてくれる？」


愛せる自信しかない。

Aであるなら抜けた髪でも死体でも原型を留めていない肉塊でも愛してやれる。


「あたり前だろ」


背中に回された腕が食い込むその痛さが嬉しかった。


「俺の代わりに息して」


Aのためなら何でもしてやりたい。

たとえAに「死ね」と言われてもAのためなら絶対に死んでやる。

「そんなことでいいのか？」

「……玲王」

「ん？」

「いなくなんないで」












離す気なんてない。












「ずっと一緒にいてやるよ」

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