158話 分かっていたこと ページ43
「俺は玲王が望んでいる答えを与えることはできない」
一瞬、玲王の目が見開く。
頬に一筋の涙が伝い、隠すように顔を伏せたかと思うとAの肩に寄りかかりながら手を取った。
「分かってる」
そう耳元の近くで声が聞こえた。
玲王が何をしようとしているのかAには検討がつかなかったが肩が熱くなったのを感じると目を伏せる。
「今だけは、今だけは……こうさせてくれ」
Aは何も言わなかった。
絡まった指も、強く感じる玲王の匂いも、自身の肩を濡らしていく感触も、何もないかのように自分の体からすり抜けさせていく。
複雑に絡まった指が離さまいと強く握られた。
反射的なのか、自分の中の何かが反応したのか、少し大きい手を握り返そうとする。
「やめてくれ」
玲王の声にはっと我に返り、伏せ目がちになっていた目が覚めた。
気づけば自由を奪われていない片方の手が玲王の背中に回されそうになっている。
きっと今の玲王にこれは必要ない。
自分に他意はなくとも本人にはどんな些細なことでも過敏に受け取ってしまう。
一種の慰めのような行為をしようとしていたことに最早呆れ返った。
行き場をなくした手は力なく畳の上に落ちる。
握り返そうとした手は蛇の如く巻き付く指を拒むかのように離れた。
ありがとう、と誰かの涙で濡れた肩に細々とした声が吸収されたのは気のせいか。
Aはただ独りよがりで抱きつく友人が落ち着くまでそのまま待ち続けた。
長かったのか短かったのか、どれくらいの時間だったのかは分からない。
人の体温が名残惜しそうに離れ、肩の布は濡れたせいで本来の色より濃くなっていた。
束縛するように固く絡まっていた指はいとも簡単に解け、薄い肌同士を擦り合わせて指の鳥籠は壊されていく。
丸い目は光を通さぬ深い海底のように濁って痛々しいほど目尻は赤くなり、丁寧に紡いだ絹糸のような髪は瑞々しさを失っていた。
「じゃあな」
それでも無邪気に笑っていた。
Aに残ったのは脳に染み付いた玲王の匂いと焼けた線香の匂い。
そして徐々に消えていく玲王の体温だけだった。
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モヨモヨ(プロフ) - 簡潔おめでとうございます!!!マジですきだ!!きまさんの文でしか得られない栄養が、ある。言葉選びが毎度素敵だし、なにより表現のしかたがドストライクすぎる。すき 小説を書いてくれてありがとう。きまさんも小説も大好きだ……更新お疲れ様でした! (1月3日 1時) (レス) @page48 id: 3d85c557d8 (このIDを非表示/違反報告)
コン(プロフ) - 初コメ失礼します!完結おめでとうございます!!主人公と凛ちゃんの関係の移り変わり方が好きすぎて何回も読み返しました。ずっとドキドキしながら読んでいました!本当に大好きな作品です!完結したのは正直悲しいですが素敵な作品をありがとうございました!! (12月31日 20時) (レス) id: 367d94bba3 (このIDを非表示/違反報告)
にんじゅん(プロフ) - はじめまして、初めてコメントします。貴方様の書く凛と男主の関係性がものすごく大好きです。男主くんの掴めそうで掴めない距離感のもどかしさだったり、凛のほろ苦い心情が読んでいて「はぁ〜っ……!」とキュンとします。これからも続きを楽しみにしております。 (6月30日 22時) (レス) id: 9723d369eb (このIDを非表示/違反報告)
殺痲(キルマ)(プロフ) - リアムさん» コメントありがとうございます!個人的に凛ちゃんさんを書くの苦手なので続きが気になる展開にできて嬉しゅうございます!ぶっ倒れない程度に更新頑張ります!! (6月18日 19時) (レス) id: 57b9dc3a01 (このIDを非表示/違反報告)
リアム(プロフ) - 凛!一体どうしたんだ〜!続きが気になるので、楽しみにしています!無理のない範囲で更新頑張ってください! (6月17日 9時) (レス) @page32 id: 5aa1bb0c09 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:殺痲(キルマ) | 作成日時:2023年4月12日 22時