糸師凛、勉強はレッドカード【4】

129話 悪い、早まった ページ14

Aは脳天に食らった痛みに耐えながら靴を履き替えた。

間違って丸をつけられたテストなんて見ていない。
共通認識である。

「雨、止まねえな……」

雨水に溶ける砂利の匂いと地面に打ちつける雨音だけが響いている。

傘だけを手に持って落ちてくる雨粒をただ見つめて黙っている凛に話しかけた。

「まだ怒ってんの？」

「誰が」

「凛しかいないんだけど！？」

「……」

この様子だとまだ不機嫌らしい。

呆れたように傘を開いて雨の中に入っていく。

Aも歩幅の合わない凛を慌てて追いかけて同じように雨の中に入っていった。

水飛沫を上げながら凛の隣に追いつく。

噴水のような土砂降りの雨に掻き消されないよう、声をかけた。

「悪かったってば、髪ぐちゃぐちゃにして」

「そういうことじゃねえよタコ」

「うわーん、タコにタコって言われた〜。ってつめた！！」

からかうと気に触ったのか、水たまりの方へと押される。

良くも悪くも簡単に冗談を真に受けてしまう凛を面白がって、肘で肩を小突いた。

普段、土砂降りの雨の中を歩くことがないためか、浮ついた雰囲気に浸ってしまう。

「こんなに雨降ってもさ、なんで海は増えないんだろうね」

「いきなり何だ。気色悪い」

「ちょっと疑問に思っただけじゃん！」

「……全部海からできて蒸発してるからだろ」

「えっ、なんで知ってんの？」

何気なく疑問に思ったことに対して返ってきたのは凛にしては知的すぎる回答だった。

Aはあからさまに目を見開く。

そして再び雨音だけが響く静寂が訪れた。

「凛はさ」

しばらくしてAが口を開く。

この時の自分はどうにかしていたのかもしれない。


「友達だと思ってたやつに押し倒されて、好きって言われたら…‥どうする？」


あまりにも詳細すぎるシチュエーションに誰が聞いてもAが実際に体験したことだと察せられてしまう。

だが、他人の意見を聞かずにはいられないほど頭を悩ませていたのだ。

ただし尋ねる相手を間違っているような気がするが、この際どうでもいい。

ちょっとした好奇心とでもいったところか。

脈絡のなさすぎる質問に凛は驚く素振りも特段、疑問に思うようなこともせず薄い唇を震わせる。

「俺も押し倒すし、襲う」

「そうだよね、そうしてみる……」

いつものバス停が見え、立ち止まると凛を見送る。

「悪い、間違えた」

「そっか。じゃあまた明日」

おい、と凛が雨音まじりに声をかける。

「明日は晴れるといいな」

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