糸師凛、勉強はレッドカード【3】

98話 トゥンク…… ページ29

持っていた教科書類が音を立てて床に落ちた。

落ちてきた生徒はAの腕の中にすっぽりと収まっている。

無事かどうか確認するため抱きかかえている生徒の顔を覗いた。

身長差があるせいか上から見下げるようになってしまう。

生徒はすっかり怯えきってはくはくと死にかけの魚のように口を動かしていた。

自分で立つこともままならず、全体重をAに預けていて、もはや足は飾りと化している。

突然起こった出来事に驚くのも無理はない。

「へーき？だいじょぶ？」

声をかけた後たっぷり数秒、間を空けて返事が返ってくる。

「え、へ、へーき……。あざっす……」

ぎこちない笑顔を貼り付けた生徒の顔にAは見覚えがあった。

凛のクラスに行くと毎度のように睨みつけてくるある一人の生徒。

名前はわからないが、いつも睨んでいる印象が強く残っている。

それなりに重い体を支えつつ、口に出す。

「あれ、お前……」

やはり名前がどうしてもわからないので、中途半端なところで言葉に詰まってしまう。

助けを求めるかのように凛に話しかける。

「ねえ凛、どうしよ……」

「知るか。俺は何もしねえ」

「え〜……」

所詮他人事と捉えているのか凛は顔色一つ変えずAの有り様を見ていた。

何もしないと言っていたが、さりげなく床に散らばった教科書やペンケースを拾ってくれるのはありがたい。

このまま男が男を抱きかかえていても周りの視線が痛いだけなので気持ち程度に典型的な言葉を吐いた。

「ほんと？怪我は？あ、保健室行った方がいいかな」

それを言った瞬間、心做しか生徒の顔が紅潮したように見えた。

だがそれも束の間。

一瞬にして青ざめ、こちらが支えてやっていたにも関わらず拒絶するように押し返され風の如くその場から走り去っていく。

止める暇すら与えぬ足の速さに呆然とした。

「あーあ、あれがボインな女の子だったらよかったのに」

「……キモッ」

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